音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
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テーマ:現代音楽 - ジャンル:音楽

作曲のパラドックス
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コレージュ・ドゥ・フランス開講講義2007     

作曲のパラドックス  

パスカル・デュサパン著

PD表紙        
2008年6月23日発刊

コレージュ・ドゥ・フランス開講講義2007
作曲のパラドックス
パスカル・デュサパン 著
富山ゆりえ 訳
テオロス叢書02
パンオフィス 刊
定価1000円

Collège de France
Leçon inaugurale de la Chaire de création artistique
COMPOSER; Musique, paradoxe, flux
Pascal Dusapin

2007年2月1日木曜日、パスカル・デュサパンは、
コレージュ・ド・フランスの開講講義の教壇に、
1530年の創設爾来ピエール・ブーレーズにつづく
ふたりめの作曲家として登場した        
 

音楽を聴くことについて考えるひとびとのための不屈の講義録

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パスカル・デュサパンクラリネットとチェロのためのデュオ『オエ』
デュオで受けたデュサパンの公開レッスンを振り返ると、レッスンを受けていく間にどんどん音や曲全体が色づいてゆくような感覚を受けたのを覚えています。説明やイメージは決して観念的でなく、人の声や、息、距離感、行った事のない遠くの国の言葉や音楽の響きであったりと、どれも自然で、とても受け入れやすいものでした。と共に、自分の引き出し、イメージの少なさも同時に痛感させられたのも事実です。アンサンブル面では、はい、ここが一緒でここの拍を合わせて、というものではなく、タイトルの『オエ』について、デュサパンの言っていた「どこかの海の船乗りが、二隻の船にそれぞれ乗っていて、航海中お互いを遠くから呼び合っている」かのような、お互いをしっかりと感じていつつ独自に自分も歩んでいる、というアンサンブルが理想なのですが…。誰の曲もそうですが、彼の曲の場合は特に、弾く人によって、180度、全く違う曲に聞こえてしまうんではないかと思います。曲自体が、奏者の身体や言葉の感覚などを顕著に引き出すような気がするからです。自分は日本人であり、やはり日本独特のリズム感、間などが良い意味でも悪い意味でも体にしみ込んでいるため、ピチカートのソロの場所などは、いかにも太棹三味線に聞こえてしまいます。また違う国の奏者が同じ場所を演奏したら、全く異なるんだろうと思います。鏡のようなフレキシブルさを持っていて、人間の奥底のなにか根本的なものに直結して描かれたような作品に会えた事は、なにより新鮮でした。今はドイツで勉強しているのですから、様々な感覚を磨いて、養って、もう一度この曲に挑戦したいと思っています。

IF
パスカル・デュサパン版四方山話
パスカル・デュサパン版四方山話
インターナショナル・アンサンブル・モデルン・アカデミー2010
東京ワンダーサイト

パスカルは、作曲のプレゼンテーションに半時間も遅くれてきたときは、来日した翌日で、時差と花粉症と熱で「死んでる」と繰り返していました。意見をもとめられても、ほとんど発言せず(しかし、発言自体はさすがにそれなりのものでしたが)、夕方のデュオ『オイメ』のレッスンもキャンセルしてしまって、こちらはふたりの若者(どちらかというと、大阪弁をしゃべるヴィオラ)と、なかよくなっただけで、かれらから意見(レッスン)どころか指揮をもとめられるいうへんな初日でした。まあ、相手はこちらが何者かわからなった訳です。スコアももってたし(もちろん指揮なんてしていません。念為)…。

翌日のもうひとつのデュオ(チェロとクラ)には、よみがえったパスカルが登場して、この『オエ』の最初のレッスンだったので、知らない曲だったし、楽譜もなく、それでもすこしずつ、パスカルが曲をつくっていくのが手に取るようにわかりました。こちらが写真を撮るどころか、パスカル自身に、なんといったか毎日投稿するからといって、受講生と一緒に写真まで撮られる始末でした。そのあと、部屋を用意してもらって、インタヴュをしたのですが、まあ一週間あると、いろいろと聞き逃したのでした。

パスカル作品はあとヴァイオリン・チェロ・ピアノの『トリオ・ロンバック』とピアノのための『エチュード』(全7曲が暫時的に減少し、最終的には第6番のみになってしまった。まあ全曲聴けると思ったのは、ないものねだりにちかかったですね。そういえば、ヴァネッサの話はでませんでした。)があるはずでしたが、ときどき講師がモデルンのメンバーで、それでも時間が合う限り(といってもさすがに午後からでしたが)聴講していました。前日の『オイメ』は結局、最初のレッスンを聞き逃していたので、曲が出来上がってきてからでは、残念ながらもうひとつでした。

なんといっても面白かったのが、5、6人いた作曲のレッスンで、それぞれの受講生の作品(楽譜やら音源やら)を前にして、「これはクリチックでなく、わたしの好みだけど」と繰り返しながら、「システマティックすぎる」とか、「ダイナミック・レンジをかえてみれば」などと本質的かつ具体的意見(それも、それぞれの作品についてまったく異なる内容)を述べて行くのに、まあ、聞いている受講生も納得し、こちらも音楽が変化していく様子に(パスカルのことばを借りるなら)現前に「音楽が見える」ような気さえまでして,驚くばかりでした。ちょっと「パスカル風」といえば、そのとおりのようにも思えたのでしたが…。

ところが、一部の受講生の英語(一応オフィシャルは英語)による講師との対話には見るに忍びなく(まったくなんのために、誰のために曲をプレゼンしているのでしょうか)、同じことを繰り返さざるえないパスカルも不安になって、フランス語で確認するも、受講生が理解しようとしないのですから、とうとう「なんと訳されているのかわからない」とまで言い出すとばっちりに、通訳はしないと言っていたにもかかわらず、訳した日本語のフランス語での説明?までするはめになった、こちらの対応にパスカルには不評でしたが、そういわれてもねえ…。

それに日本語もフランス語も解さない韓国人と英国人(たぶん)もいたのですから。(まあ、じつは英語に訳せばよかったのでしょうが、そんな芸当はわたしには…。あなたならできたんじゃない?)しかし(我慢強い?)パスカルは、わざわざ部屋にもどってまで(これがレジデンスの強み)ジャン・ヌーヴェルとやりとりをしているというPCまでもちだしてきて見せてくれた映像と説明に、頓挫した受講生を除いて、全員が興味津々でした。ちなみにヴィレットに現在建設中のシンフォニーホールの建築家に「ヌーヴェルを選んだのはわしだ」とあとで自慢していました。(審査員のひとりだったらしい。)

しかし、本当はそのPCの中味というのは、前日のコンフェで話す内容だったのですが、なぜかプロジェクターを認識せず、例のでたばかりのソロ・オーケストラのCDの音源を流すという音楽鑑賞会になってしまったのでした。もっとも、委嘱された10分ほどのオーケストラ曲の7曲(ここでもカタストロフィーの7つの基本形です)を20年かけて統合するという策略などの説明はなかなか貴重だったのですが、時間もみじかく、こちらが用意しておいたオペラのDVDも結局映せなくて、まったく残念でした。こちらはそのCDも、もらっていたのでなんとももはや、という結果でした。

ちなみに、アルディッティのクワルテットは、この前のフェースブックのような感想を、さきのインタヴュのときにすでに話してしまって「メルシ」とまでいわれていたので、もっていると思われたのか、もらえませんでした。(DLしただけなのに残念!)それで、例のライナーノートのことを思い出して、なかよくなった(どちらかというとパスカルのほうがもっと)韓国人受講生から、CDを借り出して、コピーしたのでした。彼女からは、カルチエ用に楽譜を手渡されました。

そこにはベケットが引用されていて(まだ未読ですが)、それはタワレコのフリーペーパー誌のインタヴュで、オプティミストといっていたパスカルが、ペシミストのベケットに惹かれるのはどういうことなどとまあ、それなりに興味深いインタヴュの内容からわかったことでした。(パスカルはペシミストとは思わないと答えていたと思いますが…、まあたしかにペシミストというのはちょっとステレオだよなあとこちらも思っていたのでした。)

クセナキスとのことも最後に質問していました。高橋悠治さんのことも話に出ました。ピアニストとしてクセナキスのイマジネーションに大きな影響を与えたと、最大級の賛辞をのべていました。例のパスカルがクセナキス唯一の弟子だという話は、クセナキスがいったことだということを確認していたのが、フェースブックの写真でした。まあ予想通りで、追加説明する必要もないことでしたが…。ちなみにペーパーは4月20日店頭にでるそうです。

スケジュールで大変だったことは、終わりの頃、昼過ぎには帰れるだろうと、午前中からでかけたところ、午後一番のレッスンが遅れ、最後には翌日の発表コンサートの一部がほとんど夜中にそれも会議室で行なわれることになって、いろいろと迷ったり、やりくりをして、頓挫しながらも結局つき合ったことぐらいでしょうか。それには、おまけがあって、パスカルはコンサートには不在で、あとで「せっかくレッスンを受けた若者たちが演奏したのに」と話すと、その時間、プログラムのことは知らずに、ひとりで渋谷をぶらついていたとのことでした。

まあ、そんなわけで、結局「死んでいた」パスカルをオペラシティのセシル・バルモンド展に連れ出せなかったのと、一緒に食事ができなかったのが残念なぐらいで、そんな毎日の場所と時間が準備されていれば、受講生にとっても、もっと有意義だったはずです。というわけで、内容から言えば、2、3日分でもすむはずでしたが、レッスンしている受講生もいるし、まあそういってしまうのもねえ、という、それでも、足し算するだけでよければ、合計の数値が大きくなったという結果でした。

もうひとつ残念なことは、ソロのレッスンを頼み込むつもりでいたのですが、その『イチ』はリストからもはずしたといいはって、実現しなかったことでした。だれもロクでもない演奏しかしないからだと繰り返していましたが、どうも、個人的ないやな思い出がまつわっているのかしらねえ、と勘ぐったりしていたのでした。楽譜と演奏とは別物だといっていたことを思い出してながらも、それ以上、根堀葉折きくことはしませんでしたが…。それにしても、作曲家と作品(あるいはそこにからんだ演奏家)との奇妙な関係に思い当たる逸話でした。

モデルンのインド出身のヴァイオリニストがべつのソロ曲を最後の発表会で取り上げるからというときも、パスカルはレッスン(こちらも深夜覚悟で聴講する画策をしていましたが)から逃げ回っていたのでした。まあ作曲家のレッスンが必須でもないでしょうに…。ちなみに、このジャグディッシュは、演奏スタイルといい(身体性のほう)、音楽性といい、たいへん共感できるものです。ジャグディッシュが演奏するパスカルの『イン・ノミネ』の演奏をヴィデオででも撮りたいところでした。まあ、しっかりとまぶたに焼き付けておきましたが…。

それにしても、パスカルは思った以上におちゃらかで、「死んでいた」さわぎから、写真どころか(へんな日本人とでもいうように)ヴィデオも撮り始める始末でした。フェースブックの写真のときも、「訳、ちゃんとできてるの?」ときかれたので、「パスカルが日本語でしゃべっているようにこころがけた」という(優等生的)こたえを返したまではよかったのですが、それは重要なことだとばかり、先に講義の模様を撮影したDVDを見たのかどうか、とも聞かれていたので、こちらも調子に乗って、パスカルのフランス語の講演をまねて、訳文を朗読しはじめたのでした。それも、パスカルがヴィデオを回している前でです。まあ、なんということでしょう。

というわけで、なんとも中味の薄い一週間(正確には6日間,まあそれでも能天気なこちらにはあっていたかも)をすごし、そのあとパスカルがホームシックになりかけていたパリに帰ったあとも、ところかわってゲーテの「音楽と権力」というタイトルにつられただけでなく、モデルンとヴァイオリニストに)つき合うかのように、(あるいは『帝国のオーケストラ』では、フルベン・シンパが擁護に終始するといううえに、第九讃歌にまで話が及ぶとなると、ベルリンフィルVSモデルンの構図にモデルン側につかざるえなくなったというのが本当のところで、こちらも<第九讃歌=ナチスムの台頭>だろうとはさすがにいえないままでしたが)でかけていき、最終日はイサン・ユンを中心としたまともな内容にキャンセルしなくてよかったと思いながら、レセプションのあと、最後にカフェによって、受講生の若者たちと、モデルンとパスカルの関係はどうなのという話をつづけたのでした。ちなみにパスカルの最新のオペラ『パッション』を2008年にエクスのフェスで初演したのがモデルンです。まあ、パスカルはオーケストラのためのソロをベルリンフィルからも委嘱されていますが…。

とりあえず、メモ、…にしてはながくなった。
『作曲のパラドックス』あとがき(一部)
 原書は、昨年パリの劇場で入手しそこねたパスカル・デュサパンのオペラ『ファウストーー最後の夜』のDVDをインターネットで注文するさいの送料負担がわりの追加のなかに含まれていた。じつは、それまで、かれがコレージュの教授に任命されたこともきいていなかったが、友人によって届けられた、この講義録の内容に、たちまち惹きつけられて、すぐに訳文をつくってみようと思いいたった。デュサパンのパラドックスにみちあふれたテクストには、 ーーそれがまた本書のおおきな魅力にもなっているーーときとして迷路にひきこまれそうになることもあったが、その作業は、デュサパンが引用しているブーレーズのことばを借りるなら、訳者にとっても「偶然」に「意志による独学者」として充実した時間となった。あるいは、生物学者ジャック・モノーのコレージュにおける講義をもとにした著書から引用するなら、この「不変性への仕掛けによって取り込まれ,保存され、複製された偶然が、こうして秩序・規則・必然に転嫁され」、「その本性そのものからして本質的に予見不可能な出来事」である《突然変異》とよべるものをおこしていたのだと考えている。(訳書渡辺格ほか訳『偶然と必然』みすず書房一九七〇)


 そもそも、パスカル・デュサパンが、わたしたちにとってちかしい存在となったのは、東京日仏学院が、当時のジャック・スリユ院長を中心として、二〇〇三年秋から、現代作曲家を紹介するシリーズを開始してからである。初年度にパスカル・デュサパンが招聘され、コンフェランスと室内楽を中心としたコンセールが東京と京都で開催された。その後、ジョルジュ・アペルギス、ベッツィ・ジョラスが招かれ、それぞれレクチュアやコンセールによってフランス現代音楽が紹介された意義は大きい。スリユ院長の退任にともない、このシリーズは中断されたが、院長への感謝の意味を込めて、「さよならパーティ」で、わたしはデュサパンのヴァイオリン無伴奏曲『イチITI』(一九八七)を演奏した。こちらの作品は、師のクセナキスの影響と思われる、ヴィブラートをかけない微分音などが多く含まれ、やはりラインを休符で途切れさせることのないよう演奏するのが大変難しかった記憶がある。(最近になって、デュサパンは、西洋音楽という小さな世界にとどまらず、アラブ音楽などにも魅了されており、そこから四分音やグリュッサンドなどのインスピレーションをあたえられていることを述べている。また、デュサパンの微分音は、厳密さを要求するためではなく、古典的で自発的な曖昧さのために用いられていることが指摘されている。)
 
 本書の図版で紹介されているピアノのための「ミニアチュア」の手稿楽譜からは、デュサパンが詳述しているエクリチュールについてよく理解できる。緻密で定規をあてたようにまっすぐな縦の線、正確にリズムをあらわす音符の間隔は設計図を見るようである。東京日仏学院のサイン帳には、かれの見事な筆跡が残されており、カルチエのコンセールのプログラムノオトで紹介することができた。
 
 開講講義の模様は、すでにDVDが市販されており、楽譜を書く手の動きを説明しながら、ふちをたどるようなデュサパンの右手の動きは、それ自体が音楽の時間と空間を表現しているかのように、とても美しい。あるときには、時間のブロックをあらわすような動きもある。作曲する様子について、「頭のなかに、書こうとするものがほぼ正確に響きとして、まえもって視覚化される。あとはそれを清書するだけ。わたしは頭のなかにオーケストラをもっているかのようだ」と。
 
 デュサパンは、「作曲することは、楽譜と音楽の完全な等価値への望みが、永久に満たされないという事実に同意することです。」と本文で述べている。また、作曲当初は攻撃的で乱暴な演奏を要求した弦楽三重奏曲『束の間の音楽』(一九八〇)が、現在では、シューマン風に演奏されることに言及している。しかし、演奏者として楽譜にむかうときに、作品に対する作曲家の企図を、資料からや、あるいは運がよければ、作曲家本人から直接伝えられ知ることはあるが、本書のように作曲そのもののプロセスについて書かれたものに出会えることはまれである。固定された歴史にも形式にも束縛されない自由な、「つくられつつある創造」を追体験しているように感じながら、演奏に取り組めたことを、幸運に思った。



 本書を手にされている偶然が、それがモノーの指摘するように、厳密な意味での本質的なものであるにせよ、そうでないにせよ、読者のみなさんのなかにも、《突然変異》がもたらされることをねがっている。デュサパンも「学ぶことは他者になること」だと明言しているのだから。
    二〇〇七年一二月