音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
「自分自身でいなさい」宮川 渉 〈カルチエデテ2010〉
_______________________________カルチエ・デテ 2010 レジス・カンポ

 私はかつてマルセイユ国立地方音楽院において、レジス・カンポに師事し作曲を学んでおりました。そのころ口癖のように私たち学生に語っていた言葉があります。それは、« Restez vous-mêmes ! »(自分自身でいなさい)ということです。今回、演奏される『x.へ』は、ギリシャ人で主にフランスで活動したヤニス・クセナキス(1922-2001)の音楽に接して深く感動し、その力強さを私なりに学んでみたいという気持ちから7年ほど前に書いたものです。カンポ作品とクセナキス作品は、音楽的には全く正反対に位置づけられるかもしれません。しかし、ひとつ大きな共通点があるように思われます。それは、両者とも「自分自身でいなさい」という言葉を体現していることです。クセナキスは、第二次世界大戦中には反ナチスのレジスタント運動、大戦後は反独裁政府抵抗運動などを行なった結果、フランスに亡命。そしてル・コルビュジエのもとで建築家として活躍するかたわら、セリエル音楽が主流だった1950年代のフランス現代音楽界に『メタスタシス』という全く今までに聞かれたこともないような音質をもつ曲をもってデビューし、その後も建築と数学の知識をもとにした独自の音楽世界を開拓してきました。レジス・カンポも90年代にフランス現代音楽界に強い影響力を持っていたスペクトル楽派の理論を熟知しながらも、明らかにそれとは一線を画する作品をつくってきました。それは、カンポ作品の特徴であるスピード感、メロディーの重要さ、ユーモア的センスなどによく表われているように思われます。

 「自分自身であること」、自分に忠実であるということは、アーティストにとって当然であると一般には理解されていることでしょう。しかし、それは現実には厳しい孤独の中での闘いを意味しているのです。そして、そういう闘いを経たものこそがわたしたちの心を強く揺さぶるのかもしれません。

 フランスは、いろいろな分野で傑出した人物を輩出し、海外からも多様な人びとを受け入れてきた歴史を有しているものの、大変アカデミックな面も強い国です。レジス・カンポは、マルセイユ人特有のユーモア感覚をもち、どんなシリアスな話もすぐに冗談にしてしまいますが、それでも、パリという刺激的で躍動的でありながら、時にアカデミックなもの以外に対しては大変厳しく当たる傾向のあるこの街で活動してきたことを語るときの表情からは、決してそれが並大抵ではなかったことが容易に理解されます。

 個人的には、この『x.へ』以後はより和声を重視した音楽に興味をもつようになり、レジス・カンポからは、色彩をより豊かにできるように、そして自分が日本人であるということを忘れてはいけない、というアドバイスをもらっています。

 これからも、この尊敬する二人の作曲家のように、常に自分自身に忠実に曲を書いていけるよう私も精進したいと思っています。

カルチエ・デテ2010トピックス・03
カルチエ・デテ2010トピックス・03
2010/04/20
プログラムの決定

レジスから、新作委嘱作品のタイトルは『永遠の陽光.2』だと知らせてきたことはすでに書いたが、なんと編成がかわった。当初のチェロからヴィオラ、そしてヴァイオリンの無伴奏から、最後(たぶん)にヴァイオリンとヴィオラのデュオになった。まあ、作曲上の大きな変更でないのかどうか、こちらとしては知るすべもないが、いちどこちらから例外的に提案した編成であるのでなにもいうことはない(もちろん編成は作曲家まかせである、念為)。それでヴァイオリンとチェロの無伴奏曲の楽譜を受け取って、最終的なプログラミングをきめた。2曲の弦楽四重奏曲とデュオ、そして2曲のソロのこの編成としては、充実した内容になった。(自画自賛ではあるけれど…)

ところが、カラーちらしの印刷原稿用には、まだちょっとした問題があって、新作はもちろん、この地で演奏されたことのないであろう作品は、タイトルの訳語をきめなければならない。作品の内容までを反映させるのはなかなかたいへんだが、「音楽史上」(そんなものがあるのかどうか知らないが…)に埋没しないように、かといって、今後も再演される方々から認めてもらえないようなものでは困るなどと大袈裟に考えながらも、さまざまな辞書を引きながら候補をあげていった。「本」は「本」でしょ、などとわけのわからないようなメールを送り、時差もものともせずに、すぐに返事を返してくれる(おまけに日本語ができる)レジスに大助かりしながら最終的に確定することができた。というわけで「不吉な時」も「幻想曲集」も却下して、ちらしのようなプログラムになった。どうぞ、ご期待ください。

2010/4/25のトリオ・コンセールを聴いた!〈QM34〉
◆素敵な演奏会をありがとうございました。
フランスのエスプリを感じる、ソフトで柔軟な響きを体感いたしました。
フランスもの、かくあるべし、という説得力のある演奏でした。
今後の学習に、大変な刺激となりました。
〈會田瑞樹〉

◆静と動のコントラストの色合いが、とても心地よくて、
不協和音にも色がついて聴こえてきて、良かったです。
トリオ以外は短い曲が多かったので、また別のプログラムもきいてみたいと思いました。
〈MS〉

◆現代音楽をなまで聴く機会が少ないので、楽しかったです。
不思議な音の空間でいろいろな空想を楽しみました。
〈HI〉

◆特に現代曲は、録音でなくライブで聴くに限ると思いました。
ライブでは作曲家の意図や作品の魅力がよく伝わります。
今回のプログラムは、なかなか得難い機会でした。
今後カルチエが現代音楽の領域をひた走る? としたら、
お客さんのなかには、もう少しだけ聴き馴染みのある耳のご馳走も
欲しいなと思う人がいるような気もちょっとしましたが 。
次の6月の横浜も楽しみです。
〈MI〉

テーマ:クラシック - ジャンル:音楽

カルチエのコンセール 2010/04/25

QUARTIERS MUSICAUX
Clarinette, Violon & Piano
Trio CONCERT

カルチエミュジコ
クラリネット、
ヴァイオリン&ピアノ
トリオコンセール

  ウィーンへの憧憬
  ASPIRATIONS
     VERS VIENNE


★曲目が一部変更となりました。
ご了承ください。
演奏曲順が変更になる場合がございます。

クラリネット 西尾 郁子
 Ikuko NISHIO clarinette
ヴァイオリン 富山 ゆりえ
 Yurie TOMIYTAMA violon
ピアノ 鈴木 永子
 Nagako SUZUKI piano

2010年04月25日(日)14h00開演
14h00 Dimanche 25 avril 2010
大泉学園ゆめりあホール
西武池袋線大泉学園北口
Yumeria Hall, Oizumigakuen, Sortie Nord,
Ligne Seibu-Ikebukuro


■セクエンツァIXa | L.ベリオ
□Sequenza IXa [Cl.] (1990) | Luciano BERIO(1925-2003)

■4つの小品 Op.7 | A.ウェーベルン
□Pieces Op. 7 [Vl.&Pf.] (1910) | Anton Webern

■変奏曲Op. 27 | A.ウェーベルン
□Variations Op. 27 [Pf.] (1936) | Anton Webern (1883-1945)
  無調から十二音技法への道筋

■4つの小品Op.5 | A.ベルク
□Vier stücke Op. 5 [Cl.&Pf.](1913) | Alban BERG(1885-1938)
  師シェーンベルクへ執着した緊張感溢れる小品

■3つの小狂詩曲 作品21 | N.バクリ
□Trois petites rapsodies [Vl.](1986) | Nicolas BACRI (né en 1961)

■トリオで | G.アミィ
□En Trio (1986) | Gilbert AMY (né en 1936)
  フランスを代表する作曲家の室内楽曲


11h00-12h00 公開舞台稽古
(入退場自由、未就学児歓迎)

入場料(自由席)
一  般 3000円
学  生 2000円
(会員は各¥ 500円引き)
未就学児 100円
カルネ 10000円(4枚綴)

◆カルチエミュジコの会員を随時募集しております。
 会員募集の詳細


★チケットは、右の〈チケット購入申し込みフォーム〉から、
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予約・問合せ 
カルチエミュジコ
entracte@m.email.ne.jp

TEL 03.34.15.89.16.
FAX 03.34.15.89.17

カルチエ・デテ2010トピックス・02
カルチエ・デテ2010トピックス・02
2010/04/04
弦楽四重奏曲とレジス・カンポの来日

昨年のスケージュールをにらみながら、6月のデテに向けて準備をすすめている。弦楽四重奏第4番『エナジー/フライ』の当初のフランスでの初演がながれたいきさつについては、最初からコンサート予定も演奏団体もなにも聞いていなかったので、そのあとも詮索することはしていない。レジスには、いちど、この数年間に弦楽四重奏曲を続けて書いていることについて質問したりしたが、はぐらかされたままである。ハイドンが確立し、ベートーヴェンが生涯にわたって書き続けたこの古典的様式は,その後、ロマン派の時代ではシューベルトやドヴォルザークを除くとまとまって書かれることはなかった。時代が下り、ところも変わってフォーレとドビュッシーとラヴェルがそれぞれ1曲だけだが、佳作を残している。20世紀に入り、ベラ・バルトークが現代音楽の原点ともいうべき6曲の弦楽四重奏を書いて、ふたたびこのジャンルが脚光をあびた。カルチエでよくとりあげているミヨとヴィラ=ロボスがそれぞれ20曲近い作品を書いているし、ショスタコーヴッチも最近ではよく演奏されている。さらに同時代の現代作曲家というと、先月来日したP・デュサパンの5曲のCD全集が発売されるとともに、すでに6番と7番が完成していて、7番に続いて、6番が今月末にルツェルンで初演されることになっている。
そんななかで、レジスからは「6月には日本へ行くよ」とメールがきていて、いつか、こちらサイドでも作曲家がカルチエ・デテに来てくれるのは新作初演だからなのか、コンセール・ポルトレだからなのかと、話題になったことがあったが、わざわざ遠くから来てくれるのは本当にありがたいことである。そうなると作曲家はいつ曲を書いているのだろうかという疑問がわいてくる。飛行機のなかとか旅先のホテルの部屋だったりするのだろうか。(パスカルは「部屋に戻って,ピアノもなく」シンフォニーを書いていると言っていたけれど…。)
レジスからは、すでに無伴奏ヴァイオリンのための新作委嘱作品のタイトルは『永遠の陽光.2』だと知らせてきたが、じつは、初演曲のふたつの作品の楽譜はまだ送られてきていない。

パスカル・デュサパン版四方山話
パスカル・デュサパン版四方山話
インターナショナル・アンサンブル・モデルン・アカデミー2010
東京ワンダーサイト

パスカルは、作曲のプレゼンテーションに半時間も遅くれてきたときは、来日した翌日で、時差と花粉症と熱で「死んでる」と繰り返していました。意見をもとめられても、ほとんど発言せず(しかし、発言自体はさすがにそれなりのものでしたが)、夕方のデュオ『オイメ』のレッスンもキャンセルしてしまって、こちらはふたりの若者(どちらかというと、大阪弁をしゃべるヴィオラ)と、なかよくなっただけで、かれらから意見(レッスン)どころか指揮をもとめられるいうへんな初日でした。まあ、相手はこちらが何者かわからなった訳です。スコアももってたし(もちろん指揮なんてしていません。念為)…。

翌日のもうひとつのデュオ(チェロとクラ)には、よみがえったパスカルが登場して、この『オエ』の最初のレッスンだったので、知らない曲だったし、楽譜もなく、それでもすこしずつ、パスカルが曲をつくっていくのが手に取るようにわかりました。こちらが写真を撮るどころか、パスカル自身に、なんといったか毎日投稿するからといって、受講生と一緒に写真まで撮られる始末でした。そのあと、部屋を用意してもらって、インタヴュをしたのですが、まあ一週間あると、いろいろと聞き逃したのでした。

パスカル作品はあとヴァイオリン・チェロ・ピアノの『トリオ・ロンバック』とピアノのための『エチュード』(全7曲が暫時的に減少し、最終的には第6番のみになってしまった。まあ全曲聴けると思ったのは、ないものねだりにちかかったですね。そういえば、ヴァネッサの話はでませんでした。)があるはずでしたが、ときどき講師がモデルンのメンバーで、それでも時間が合う限り(といってもさすがに午後からでしたが)聴講していました。前日の『オイメ』は結局、最初のレッスンを聞き逃していたので、曲が出来上がってきてからでは、残念ながらもうひとつでした。

なんといっても面白かったのが、5、6人いた作曲のレッスンで、それぞれの受講生の作品(楽譜やら音源やら)を前にして、「これはクリチックでなく、わたしの好みだけど」と繰り返しながら、「システマティックすぎる」とか、「ダイナミック・レンジをかえてみれば」などと本質的かつ具体的意見(それも、それぞれの作品についてまったく異なる内容)を述べて行くのに、まあ、聞いている受講生も納得し、こちらも音楽が変化していく様子に(パスカルのことばを借りるなら)現前に「音楽が見える」ような気さえまでして,驚くばかりでした。ちょっと「パスカル風」といえば、そのとおりのようにも思えたのでしたが…。

ところが、一部の受講生の英語(一応オフィシャルは英語)による講師との対話には見るに忍びなく(まったくなんのために、誰のために曲をプレゼンしているのでしょうか)、同じことを繰り返さざるえないパスカルも不安になって、フランス語で確認するも、受講生が理解しようとしないのですから、とうとう「なんと訳されているのかわからない」とまで言い出すとばっちりに、通訳はしないと言っていたにもかかわらず、訳した日本語のフランス語での説明?までするはめになった、こちらの対応にパスカルには不評でしたが、そういわれてもねえ…。

それに日本語もフランス語も解さない韓国人と英国人(たぶん)もいたのですから。(まあ、じつは英語に訳せばよかったのでしょうが、そんな芸当はわたしには…。あなたならできたんじゃない?)しかし(我慢強い?)パスカルは、わざわざ部屋にもどってまで(これがレジデンスの強み)ジャン・ヌーヴェルとやりとりをしているというPCまでもちだしてきて見せてくれた映像と説明に、頓挫した受講生を除いて、全員が興味津々でした。ちなみにヴィレットに現在建設中のシンフォニーホールの建築家に「ヌーヴェルを選んだのはわしだ」とあとで自慢していました。(審査員のひとりだったらしい。)

しかし、本当はそのPCの中味というのは、前日のコンフェで話す内容だったのですが、なぜかプロジェクターを認識せず、例のでたばかりのソロ・オーケストラのCDの音源を流すという音楽鑑賞会になってしまったのでした。もっとも、委嘱された10分ほどのオーケストラ曲の7曲(ここでもカタストロフィーの7つの基本形です)を20年かけて統合するという策略などの説明はなかなか貴重だったのですが、時間もみじかく、こちらが用意しておいたオペラのDVDも結局映せなくて、まったく残念でした。こちらはそのCDも、もらっていたのでなんとももはや、という結果でした。

ちなみに、アルディッティのクワルテットは、この前のフェースブックのような感想を、さきのインタヴュのときにすでに話してしまって「メルシ」とまでいわれていたので、もっていると思われたのか、もらえませんでした。(DLしただけなのに残念!)それで、例のライナーノートのことを思い出して、なかよくなった(どちらかというとパスカルのほうがもっと)韓国人受講生から、CDを借り出して、コピーしたのでした。彼女からは、カルチエ用に楽譜を手渡されました。

そこにはベケットが引用されていて(まだ未読ですが)、それはタワレコのフリーペーパー誌のインタヴュで、オプティミストといっていたパスカルが、ペシミストのベケットに惹かれるのはどういうことなどとまあ、それなりに興味深いインタヴュの内容からわかったことでした。(パスカルはペシミストとは思わないと答えていたと思いますが…、まあたしかにペシミストというのはちょっとステレオだよなあとこちらも思っていたのでした。)

クセナキスとのことも最後に質問していました。高橋悠治さんのことも話に出ました。ピアニストとしてクセナキスのイマジネーションに大きな影響を与えたと、最大級の賛辞をのべていました。例のパスカルがクセナキス唯一の弟子だという話は、クセナキスがいったことだということを確認していたのが、フェースブックの写真でした。まあ予想通りで、追加説明する必要もないことでしたが…。ちなみにペーパーは4月20日店頭にでるそうです。

スケジュールで大変だったことは、終わりの頃、昼過ぎには帰れるだろうと、午前中からでかけたところ、午後一番のレッスンが遅れ、最後には翌日の発表コンサートの一部がほとんど夜中にそれも会議室で行なわれることになって、いろいろと迷ったり、やりくりをして、頓挫しながらも結局つき合ったことぐらいでしょうか。それには、おまけがあって、パスカルはコンサートには不在で、あとで「せっかくレッスンを受けた若者たちが演奏したのに」と話すと、その時間、プログラムのことは知らずに、ひとりで渋谷をぶらついていたとのことでした。

まあ、そんなわけで、結局「死んでいた」パスカルをオペラシティのセシル・バルモンド展に連れ出せなかったのと、一緒に食事ができなかったのが残念なぐらいで、そんな毎日の場所と時間が準備されていれば、受講生にとっても、もっと有意義だったはずです。というわけで、内容から言えば、2、3日分でもすむはずでしたが、レッスンしている受講生もいるし、まあそういってしまうのもねえ、という、それでも、足し算するだけでよければ、合計の数値が大きくなったという結果でした。

もうひとつ残念なことは、ソロのレッスンを頼み込むつもりでいたのですが、その『イチ』はリストからもはずしたといいはって、実現しなかったことでした。だれもロクでもない演奏しかしないからだと繰り返していましたが、どうも、個人的ないやな思い出がまつわっているのかしらねえ、と勘ぐったりしていたのでした。楽譜と演奏とは別物だといっていたことを思い出してながらも、それ以上、根堀葉折きくことはしませんでしたが…。それにしても、作曲家と作品(あるいはそこにからんだ演奏家)との奇妙な関係に思い当たる逸話でした。

モデルンのインド出身のヴァイオリニストがべつのソロ曲を最後の発表会で取り上げるからというときも、パスカルはレッスン(こちらも深夜覚悟で聴講する画策をしていましたが)から逃げ回っていたのでした。まあ作曲家のレッスンが必須でもないでしょうに…。ちなみに、このジャグディッシュは、演奏スタイルといい(身体性のほう)、音楽性といい、たいへん共感できるものです。ジャグディッシュが演奏するパスカルの『イン・ノミネ』の演奏をヴィデオででも撮りたいところでした。まあ、しっかりとまぶたに焼き付けておきましたが…。

それにしても、パスカルは思った以上におちゃらかで、「死んでいた」さわぎから、写真どころか(へんな日本人とでもいうように)ヴィデオも撮り始める始末でした。フェースブックの写真のときも、「訳、ちゃんとできてるの?」ときかれたので、「パスカルが日本語でしゃべっているようにこころがけた」という(優等生的)こたえを返したまではよかったのですが、それは重要なことだとばかり、先に講義の模様を撮影したDVDを見たのかどうか、とも聞かれていたので、こちらも調子に乗って、パスカルのフランス語の講演をまねて、訳文を朗読しはじめたのでした。それも、パスカルがヴィデオを回している前でです。まあ、なんということでしょう。

というわけで、なんとも中味の薄い一週間(正確には6日間,まあそれでも能天気なこちらにはあっていたかも)をすごし、そのあとパスカルがホームシックになりかけていたパリに帰ったあとも、ところかわってゲーテの「音楽と権力」というタイトルにつられただけでなく、モデルンとヴァイオリニストに)つき合うかのように、(あるいは『帝国のオーケストラ』では、フルベン・シンパが擁護に終始するといううえに、第九讃歌にまで話が及ぶとなると、ベルリンフィルVSモデルンの構図にモデルン側につかざるえなくなったというのが本当のところで、こちらも<第九讃歌=ナチスムの台頭>だろうとはさすがにいえないままでしたが)でかけていき、最終日はイサン・ユンを中心としたまともな内容にキャンセルしなくてよかったと思いながら、レセプションのあと、最後にカフェによって、受講生の若者たちと、モデルンとパスカルの関係はどうなのという話をつづけたのでした。ちなみにパスカルの最新のオペラ『パッション』を2008年にエクスのフェスで初演したのがモデルンです。まあ、パスカルはオーケストラのためのソロをベルリンフィルからも委嘱されていますが…。

とりあえず、メモ、…にしてはながくなった。