音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
カルチエ・デテ2010 コンセールポルトレ
QUARTIERS D'ÉTÉ 2010
カルチエ・デテ2010
レジスカンポ + 宮川渉
コンセールポルトレ
RÉGIS CAMPO + WATARU MIYAKAWA
CONCERT PORTRAIT



dete10chirashi

ヴァイオリン 浜野 考史
 Takashi HAMANO violon
ヴァイオリン 富山 ゆりえ ※
 Yurie TOMIYAMA violon
ヴァイオリン 中澤 沙央里 ※※
 Saori NAKAZAWA violon
ヴィオラ 中山 良夫
 Yoshio NAKAYAMA alto
チェロ 江口 心一
 Shin-ichi EGUCHI violoncelle


■宮川渉 ヴァイオリンとチェロための x. へ  (2002/10) ※
□à x pour violon et violoncelle de Wataru MIYAKAWA

■宮川渉 ヴィオラのための つらなりによって  (2002)
□par la suite pour alto de Wataru MIYAKAWA

■R・カンポ ヴァイオリンのための エデン ※
□ÉDEN pour violon seul de Régis CAMPO(2009)

■R・カンポ 弦楽四重奏曲第1番 呪文の時間 (2005) ※※
□quatuor à cordes no.1 LES HEURES MALÉFIQUES de Régis CAMPO

■R・カンポ チェロのための ファンタジーの本 より (1999)
□LIVRE DE FANTASIES, extraits pour violoncelles seul de Régis CAMPO

■R・カンポ ヴァイオリンとヴィオラのための 永遠の陽光.2(委嘱初演) ※
□ETERNAL SUNSHINE.2 pour violon et alto de Régis CAMPO (2010)création
commande de Club Péniche et Quartiers Musicaux

■R・カンポ 弦楽四重奏曲第4番 エナジー/フライ(世界初演) ※※
□quatuor à cordes no.4 ENERGY/FLY de Régis CAMPO (2010)création


2010年6月19日(土)19h00
19h00 SAMEDI 19 JUIN 2010
横浜みなとみらいホール小ホール
YOKOHAMA MINATOMIRAI
SALLE RÉCITAL

レジス・カンポX小沼純一(早稲田大学)
『現代音楽における愉悦の観念について』
6月17日(木)18h30~ 早稲田大学戸山キャンパス


★レジス・カンポについて
 ビオグラフィ
 「自分自身でいなさい」宮川 渉
 POQMへの招待&トピックス

★sur RÉGIS CAMPO
 La biographie
 Note de programme

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★カルチエ・デテ2010の評論も募集しています。詳細はこちら


入場料(自由席)
一  般 3000円
学  生 2000円
(会員は各¥ 500円引き)
カルネ 10000円(4枚綴)

助成 財団法人朝日新聞文化財団
後援 横浜市市民局 日本現代音楽協会

お申し込み・お問い合わせ
カルチエミュジコ
03-3415-8916
entracte@m.email.ne.jp



★チケットご購入方法
チケットは、このブログ右欄のフォームに、券種・枚数・お名前・ご送付先住所を記入の上、ご送信ください。e-mail、電話、faxでもうけたまわります。
■お取扱金融機関:りそな銀行・ゆうちょ銀行・三菱東京UFJ銀行・イーバンク銀行
(上記銀行口座をお持ちの場合は、手数料のかからない振込方法があります。)
■チケットご購入の流れ
お申し込み受領後、振込先口座をお知らせします。ご入金をご確認次第、チケットを郵便またはヤマトメール便でお送りします。

◆カルチエミュジコの会員を随時募集しております。
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◆新作委嘱への応援も募集しています。
 新作委嘱の詳細




レジス・カンポ 早稲田大学講演会(戸山キャンパス)
Régis Campo×小沼純一(早稲田大学)
『現代音楽における愉悦の観念について』

ナイーヴなのかそれともアジテーターならともかく、それどころか、死神が優性にある困難な時代の軽率な作曲家というリスクをもってしても、レジス・カンポは「アレグロやスケルツォ、アレグロ・ヴィヴァーチェで作曲することがおおい」と表明している。連梼や挽歌などの羅列されたレクイエムが,東洋音楽から西洋音楽までの風景を占拠するなか、レジス・カンポは幸福の震央に位置しようとしている。音楽における上機嫌さは、今日追放させられることなのだろうか。         
ーオメール・コレルCD『ポップ・アート』ライナーノートより

2010年6月17日(木)18:30~
早稲田大学 戸山キャンパス 33-2号館 2階 第1会議室
通訳あり/入場無料直接会場へ 会場へのアクセス
問合せ03-3415-8916 カルチエミュジコ
カルチエ・デテ2010 曲目解説
 「クセナキスの力強さを学んでみたい」と書かれた宮川渉のヴァイオリンとチェロのための『x.へ』は「数学専攻の友人が描いた指数曲線から決定された音高と音価による、クセナキス音楽の特徴であるグリッサンド奏法が重要な役割をはたしている。」1拍先に始まったヴァイオリンをチェロが追いかけピアニッシシモからフォルテッシモまで1本の弦でトレモロ・グリッサンドし高音トリルで合流する。テンポが変化して下降と急上昇を繰り返し、細かい鋭いリズムとグリッサンドの掛け合い後〈レ〉の単音でユニゾンとなる。2楽器の四分音の4音の重なりでうねりが生じ、重音のグリッサンド後のチェロの明確な32分音符と長い即興がある。押しつぶされた音と5連6連のシンコペーションがぶつかり合い徐々にノーマルな音に変化した後、駒上の〈レ〉の弱音で終結する。曲名はクセナキスのラヴェルに捧げられたピアノ曲『r.へ』に倣ってなづけられ、「絵描きの見習いが名作複写から学ぶ姿勢と似ているアプローチ」である。

 J-S・バッハ『無伴奏チェロ組曲第5番ハ短調サラバンド』が出発点である宮川渉のヴィオラのための『つらなりによって』のタイトルは、「組曲」の意味が「続き/連続/つらなり」であることから、「あとで/その後」といった意味をもつ「組曲によって」という言葉遊びから選ばれている。バッハのチェロ組曲全体のなかでも、とくにサラバンドは瞑想的静けさとともにひとつのモチーフから多様なかたちで表われる音の「つらなり」が生む動感との相対が非常にうまくかみ合ったモチーフが曲全体を通してさまざまなかたちで使われている。一方この『つらなりによって』は、作曲を通じてヴィオラにアプローチするため、ヴィオラ奏者アンナ・スタルツセヴァの長時間にわたる奏法やアイデアのアドバイスによって、演奏家と一緒になって創作された。多種の奏法の無意味なカタログ的展示という問題を避けるためにサラバンドのモチーフを曲全体に使用して統一感をつくり、形式における方向性と非方向性というふたつの相対するコンセプトというアイデアが取り入れられた。第1部の多種の奏法のランダムな「つながり」が生むまったく方向性のない混沌としたものが、第2部では方向性を持ったドラマチックなものになる2部形式である。

 R・カンポのヴァイオリンのための『エデン』はピアニッシモのヴァイオリンの基本音ともいえる開放弦〈ラ〉の倍音(1オクターヴ上)の全音符ではじまる。『エデン』には,このような開放弦のハーモニックス奏法が随所に出てくる。小節線はなく,基本リズムは8分音符である。リズムが16分音符から6連符、10連符、12連符のパッセージに分割されていき、指定通りの素朴な音の並びの繰り返しが続く。曲の冒頭よりさらに1オクターヴ高い〈ラ〉の倍音からグリッサンドで行きつ戻りつしながら,2オクターヴ高いところまで上がりフェルマータで消えて行く。テンポが上がり、歯切れのよいリズムでピアニッシシモからフォルテッシモへ激しく変化するなかで5度の重音のフラジョレットのグリサンドで極度の高音にまで登り詰める。その後、遠くから聞こえてくるピアニッシシシモの6連音符の繰り返しからフォルテシシモまで激しく加速するなかで強度が増加する。ピアニッシモの付点リズムによる柔らかな部分に入り、さらにゆっくりなテンポになるとハーモニックスのデリケートなメロディと激しいフォルテの対比のあと、細かい自由なリズムで高揚する。高音で静かなメロディが次第にゆっくりとなりピアニッシシモの〈レ〉の倍音で終結する。

 R・カンポの最初の弦楽四重奏曲第1番『呪文の時間』はボン・ベートーヴェンフェスティヴァルの委嘱としてイザイ弦楽四重奏団のために書かれた。全体は弦4部が同期して演奏する部分とそれぞれの楽器が任意のバラバラのテンポで演奏する部分が交互にあらわれる。低弦から〈ソ/レ/ラ/ミ〉という開放弦の5度音程で始まる。冒頭の同じリズムがバラバラになり次第に8分音符で集結してゆく。3連音符のリズムが続く。短い任意テンポのあと、ヴィオラ・チェロの3連音符にヴァイオリンが異なるリズムで加わり全体が弱音のなかへ終熄する。つぎの長い任意テンポで演奏する箇所では16分音符パッセージとアルペジオピッツィカートがあり、ヴィオラは楽器を叩きだす。8分音符と3連音符の合流と分離がくり返され、フォルテッシモで全員が決然とした同じリズムで一体となる。同期テンポでの8分音符のアクセントがずれた追いかけ合いがあり、2分音符、強弱強弱の繰り返しで合流。弱音の任意テンポ。2グループでの、アルペジオのかけ合い。16分音符の早いパッセージの任意テンポが終わると、チェロは4度重音、ヴィオラと第2ヴァイオリンは開放弦ハーモニクスで5度、第1ヴァイオリンは不協和音のピアニッシモの16分音符があり弱音による長音のフェルマータのあと、次第に8分音符の動きが戻り、冒頭のテーマが再びあらわれる。全員同じリズムのフォルテッシモの短いコーダで曲を閉じる。曲名は「ポリテンポの詩的翻訳で、捩じれ/めり込み/加速・減速して翻弄されるテンポを表現している」

 「ケルト音楽のフィードルヴァイオリンの音色とフレーズを模倣する脅迫観念的な狂気のダンスである」R・カンポのヴァイオリンとヴィオラのためのデュオ『陽光の輝き.2』は「第4弦楽四重奏曲のあと同じアイディアとエネルギーで書かれ、純正でシンプルなラインによるスタイルの簡潔さを模索している」。ひとつのテンポでのユニゾンの2小節のテーマがグリッサンドやオクターブや不協和音でぶつかったり弓の木の方で弾いたりする繰返しの楽章と弱音器をつけて演奏される物悲しいメロディーの楽章が演奏される。

 「ブルターニュをイメージし、哀悼と瞑想と同時に歓喜と信仰が刻印され、さまざまな場面で古代口承文学からのインスピレーションによる普遍的・永遠不変の特性を与えられている」R・カンポのチェロのための『ファンタジーの本』全10曲から、クレッシェンドで上昇しディミニュエンドで下降する三度の音形で始まる第2番とフォルテッシモの三重音で激しく始まり最低音〈ド〉の開放弦で終わる小節線のない第10番が演奏される。

 R・カンポの単一楽章の弦楽四重奏曲第4番『エナジー/フライ』は冒頭3音〈ド/ミ/レ〉をテーマとして繰返し記号で囲われた1から数小節がパターンとなってリズム・強弱・音高が変化・発展していく。全曲をとおして基本リズムは4分音符で、テンポもかわらない。パートごとのオクターヴ・10度進行がおおい。繰り返される楽しげなリズムで、弓の木部で弦をたたいたり、楽器をたたいたりして「とてもシンプルに、ダンスと人生における純粋なエネルギーを表現している」。ユーモラスたっぷりな中味に踊り出したくなるような音楽である。
いちまんきろ-10
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今朝になって、友人が一応もより駅前の新しいホールの
コンサートに来るというので、託けものもあったので駅
まででかけていったが、まあなんということにも、また
黒めがねしかもっていなかったので(旅先で着席してか
ら、忘れたオペラグラスをとりに部屋へ帰ったことがあ
るけれど、東京じゃとてもそんなこと望めない)カフェ
してそのまま帰ってきてしまった。展覧会などでもおな
じようなことをしでかすが、さすがに今日はヴィデオも
あるというのであきらめた。日没前の夕暮れ、都会の空
はそれほど美しくはないけれど、暮れなごむひかりのな
かを、もう夏にもなれてよこぎる風をここちよく感じな
がら暑さもそれほど苦にならなくなった。それでも、ヨ
ーロッパの夏のようにもうすこしさらっとしてれば随分
と違うのにともおもったりしていた。
15
学生は「恩師」との最初の授業のことは記憶しているだ
ろうけれど、教師は学生との最初の出会いを覚えている
だろうか。オリヴィエ・メシアンにはピエール・ブーレ
ーズとのそれは収容所から帰還した1943年、パリのどこ
かのサロンでの『世界の終わりのための四重奏』でみず
からがピアノを弾いたあとだったとしたら、大勢のなか
からよけいに挨拶にきた若者を覚えているだろうか。
(先日たまたまさるアルチストに数ヶ月前に楽屋に挨拶
に行ったことが話に出たけれど、相手は覚えていなかっ
た)メシアンは就任したばかりのパリ高等音楽院のクラ
スにすぐに出席することになったブーレーズと、授業よ
りも父親のアパルトマンへ昼食へ行くメトロでの長い会
話のほうがおたがいにとって有意義だったのではないか
と述懐しているのである。
29
というのも、ことしで第13回目を迎える、グルノーブル
からアルプスのほうへ入ったオート・アルプ県メージュ
村でのメシアン・フェスティヴァルの今年のテーマは、
メシアンとブーレーズである。これらの山岳はグルノー
ブルに住んでいた子供時代のメシアンにとって故郷とい
えるものだった。その後もラフレ湖畔に別荘を入手した
り、50年代以降はメージュ村のラ・グラーヴのホテルに
に毎年のように滞在した。このフェスティヴァルは、こ
のアルプス山中の自然のなかで音楽を共有したいという
メシアンの「遺志」として死後しばらくのちの1998年か
ら開始され、この8月はじめの1週間ほどだが、毎日のコ
ンサートとともに、ブーレーズにまつわる学習日(5日)
もあり、ブーレーズがメシアンのクラスに在籍した時代
的背景やその後のふたりの関係をテーマとしたレクチュ
アが並んでいる。
44
2年前にはこのフェスティヴァル直前に横浜に来たリヨ
ンのアンサンブル「レ・タン・モデルヌ」がジェラール
・グリゼの『時の渦』を演奏している(横浜ではピアノ
の調律を変えることができずに、残念ながらプログラム
からはずしてしまった)。アルプス山中のメシアンゆか
りの地で、避暑とともに残された作品を聴き、また、と
くに彼が聴いた(採譜した)鳥たちの声に耳をかたむけ
てみるのもいいのだろう。(残念ながらそのようなツア
ーはプログラムにはないけれど)
53
そのリヨンのアンサンブルのメンバーというより、もう
当時からソロピアニストとして活躍しているウィルヘム
・ラチュミアのリサイタルもプログラムにあり、メシア
ン未刊の『前奏曲』と『鳥のカタログ』からのほかドゥ
ビュッシー、シェーンベルグ『ピアノ小品集』それにブ
ーレーズの『ソナタ第三番』を演奏する。先日、ヴィラ
ロボスの楽譜を探しているんだけど、とメールが来てい
たけど、それと比べてもはじめてとりあげる意欲的プロ
グラム。ほかのコンサートではブーレーズの『ピアノソ
ナタ』全曲のほか『弦楽四重奏の本』3曲のクラリネッ
ト、ヴァイオリン、ピアノのソロがならび、最終日には
ブーレーズ指揮アンテルコンタンポランで『マルト・サ
ン・メートル』『デリーヴ1』が演奏される。そのほか
の作曲家ではフィリップ・マヌーリ『ミシガントリオ』
やブリュノ・マントヴァーニ『弦楽四重奏』などが気に
なる曲目。いずれにしても、メシアンとブーレーズの室
内楽を中心とした作品を村々の教会などの親密な空間で、
そしてアルプス山中の夏時間のなかで、9日間の13回の
コンサートで、これほどまとまって聴くことのできるま
たとないチャンスだったのだろう。
73
メージュ村のラ・グラーヴとヴィラール・アレーヌのい
ずれも標高1500メートルのふたつの集落の教会が主会場
だが、メージュ山系の氷河が見渡せるアルプス山中のフ
ェスティヴァルでは、朝の8時から、2095メートルのエ
ギュイヨンと2090メートルのガリビエのピークへのトレ
ッキングもプログラムされている。服装からランチ用の
プラカップ(カフェ用それともワイン用)までことこま
かに各自の持参品が記入されている。
81
というわけで、さきほどのカフェのつづき。。。。。東
京ってばかりいっていないで、われわれも夏フェスでも
やるかなあ。どうよ。いなかっていうのは。こっちじゃ
夏フェスって訳すと夏祭になってしまうからなあ。キュ
ルチュールはあるかもしれんけど、アートはないからな
あ。アルコールまみれの情緒だらけやから。対抗しても
しかたないけど、あのとんでもない、わけのわからんエ
ネルギーはどないなっとんやろ。
いちまんきろ-09
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1
日曜朝から空調のもとめずらしくアタマつかう作業に、
おまけに内容はロジックとはほどとおく、こちらの知識
不足か、隠蔽されたロジックのせいなのか、おまけにど
うも成果芳しくなく、夕方にはほとほと疲れた。
5
王子に出たついでに、ちょっと気になっていた飛鳥山公
園を思いだして、気まぐれに階段をあがったけれど、予
備知識もなく通り過ぎただけ。。。本郷通り終点に三つ
もミュゼが並んでいて、ハコモン行政と揶揄されるまで
もなくあきれるばかり。敷地不足を題目に公園を潰して
まで建てるほどのモンなんかなあ。それも大通りにお尻
向けて広報もなにもなし。南端には渋沢栄一邸も残って
いるようだが、ちょっと今日はなあ。潰れる話ばっかり
聞かされてきたからなあ。
14
メトロの駅で若い女子に声かけたら、いっぱつで断られ
てしもまったわ。偽モンや思われたんかなあ。あげてし
もてもよかったんやけど。あとで気いついたら、黒めが
ねもしてたわ。
18
というわけで、今日はもうアタマ使いすぎたから、ネッ
トサーフでもしながら昨日のパスカルのつづき。そのま
えに、さすがに昨夜は誘惑に負けんかった極彩マント・
ドの記念写真。パスチスグラスでもあったはずだけど見
当たらず、透明グラスではなく、ちょっと白濁ごめんな
さい。背景はロニ・ホーンのイザベル・ユペール。ノン
メイクってわけではないけど、無表情さのなかにすらお
そろしいほどの内面がさらけだされて、オンナ同士やか
らなどと、いうとちょっとまずいかなああ。05年撮影
於NY。たしかにイザベルをブルックリンで見かけたの
は間違いない。これもドゥニ・ラヴァンとツーショット
を忘れたツーリストオフィス前のウィンドーに大きなポ
スターがかかっていたアヴィニヨンのランベール美術館
でのエクスポ用。
32
さてパスカル・デュサパン。さっきからヴェロニック&
ロランがピアノ科で教えているにいるグラン・アヴィニ
ヨンのコンヴァトでのインタヴュを見つけたけど、まあ
なんといつまでも終わらない。よくしゃべるわ。(もう
3時間過ぎたか)会場の女性の質問に答えて(質問自体
は聞き取れず)パスカルが歌い出したぞ。。。たしかに
『ロメ・ジュリ』(えっ、ジュリエットがインディアン
???初耳や!)は革命記念の1989年にアヴィニヨン
でオリヴィエ・カディオとのコラボの初オペラ作品とし
て初演。それもDCQ(デュサパン・カディオ協会)発
<身元未確認リリック物体>としてヴィドン財団の財政
援助のもと実現させた作品だった。
44
プログラムに組み込まれているヨハン=セバスチャン・
バッハは、両親とともに若い頃に住んでいたメスの街の
教会のオルガンを毎日のように弾いていたパスカルが選
曲したのかも。BWV676と682のふたつのコラール前奏
曲。(つぎのPCについての質問者は日本人なのか?ま
あ、いいや。こちらが終わらんわ。ちょっと無視しょ)
『メモ~リ』はパスカル唯一のオルガンのための作品。
演奏はベルナール・フォクルール。
52
そして、さっそく訂正のお詫び。ソプラノ、クラ&ヴァ
イオリン作品は、「和声」ではなくベケットの『こだま
の骨』(高橋康也訳)のベケットの詩からインスピレー
ションを受けたらしい。
55
フェスティヴァル・ダヴィニヨンはたしかに「演劇祭」
だけれど、ヌーヴェル・ダンスとよばれる90年代から台
頭してきたクラシック・バレエを席巻してしまいそうな
(ちょっと大袈裟かな)ジャンルはともかく、ベルギー
のヤン・ファーブル(そういえばロワールを渡ったとこ
ろ出身の昆虫記作家の遠縁にあたることをつい最近知っ
た。たしかにおんなじだ。昆虫も好きそうだし)の前衛
的舞台とともに造形作家としての活躍にともなってアー
トプロジェクトもおおいにもかかわらず、たしかに音楽
には冷たかった。アヴィニヨンといえば『浜辺のアイン
シュタイン』というくらい、かならずトピックスに出て
くるけど、まあいずれ昔話に過ぎない。
67
昨年、若きディレクトゥールの片割れ(男性のほう)か
ら、とある公演打上げでも質問されてカルチエの話もし
たんやけど、たしかに音楽に興味なさそうやった。。。
パスカルの話でもしたらよかったんか。ソロの初演1曲
だけやしなあ。(QM並みやなあ)まだ、なにもつなが
っとらんかってんやろなあ。また来年やったりして。
73
この南仏の22時にやっと日が暮れる(屋外中庭公演は
それが開演時間。翌朝明けてしまうのはともかく、数時
間におよぶ公演だったしても。ミストラルで寒い)とん
でもないというしかない、ヴァカンスの(フランス人た
ちは夏のヴァカンスのための1年間の残りを働いとると
しか思えん)自由さと能天気さからくる先鋭さを、パス
カルが「ここには真のデバ(討論の場)と政治への言及
がある」(文化行政政策問題と訳したほうが)と気に入
っとるのは容易く想像できるところ。2年前に新作オペ
ラ『パッション』初演のエクスより肌に合ってて、ええ
んちゃうかなあ?
84
最後にこの『パッション』はサッシャ・ヴァルツとのコ
ラボ(演出振付)で10月にシャンゼリゼで新プロダクシ
ョンで再演されるらしい。サッシャとは『メディア』に
つづくコラボになる。短い『メディア』を間延びさせた
だけと違たんや。

いちまんきろー08
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1
ちょっとまだやることあるんやけど、いいかげんにきり
つけて、めずらしくパスティスをグラスに注ぐかな。マ
ルセイユ「51」というロランたちのおすすめの銘柄。昨
夏のフェスティヴァル・ダヴィニヨンいらいだから、ち
びちびちびとケチくさく、よくもっているほう。トワイ
ライトのなか、どこかで花火の音がする。どうも、トワ
イライトでなく、薄曇空。どこでかってに色気づいたの
やら。せわしない音は、本当に花火なのかしら。どこに
も見えない。探す気もないけど。
10
壁のカレンダーはお手製なので、思いだしてクリストバ
ル・ガボロンのボディ・イメージという抽象絵画からル
イ・ジスペール&ジェフェリー・リードの写真に交換す
る。プールのなかを全裸の女性5人が背泳ぎしていると
いうより浮かんでいるところを上部から見下ろした構図
だけれど、女性たちは水中眼鏡をしていたりして、すこ
し水面からもぐっているためか、エロチックさは感じさ
せない。昨年末に正月に夏になったら交換しようと思い
ながら忘れていた。どちらも行かないといっていたマン
ハッタンはチェルシーの画廊で入手したカードを拡大し
たものでアーティストも裏面の名前しか知らない。
21
もう明日から八月。カレンダーは下の数字のほうも交換
しなければ。。。やっともうひとつきはなんとかなりそ
う。本日は明日に備えてお勉強してたけれど、最近身辺
整理中。そのなかから見つけた、どこかから拾ってきた
ような鍋料理の料理本。まさか、夏はあるましに、と思
いきや、生姜と油揚げ煮込みご飯というのがあったので、
陶器鍋ではなく、いつものガラス鍋で調理中。しばらく
前から、計量しなければと思いながらも、さっそく、お
米の分量がわからなくなってしまうので、しかたなくあ
とは適量。それもグウが入っているので、水分量不明。
焦がすしかない、焦がせば、焦がすしかない(すんませ
ん~農家のかたがた。こどものころひとつぶとて流すと
叱られました)と透明ガラスのおかげで、忘れモンあっ
たとて一目瞭然のなか。メイン(サブともいう)もショ
ウガ○○。ショウガないか。ショウガあるか。おっと、
大蒜入っとらんやないか。
38
さて、そういえば、もうフェスティヴァル・ダヴィニヨ
ンはもう終わっただろう。アヴィニヨンガイドを書くば
かりで、こちらももう行かないといっていたのに、思い
立って友人たずねて、久しぶりに昨年行ったのがよかっ
たのかどうか。そもそも、夏にでかけるなんて。。。
43
ことしは、パスカルの盟友、作家のオリヴィエ・カディ
オが年毎のアソシエのディレクトゥールのひとりで(も
うひとりはスイス出身の演出家マルターラー)もちろん、
かれの戯曲上演はもちろん(現代作家なんていいません。
現存作家いうマスねん。音楽とエラい違いや)のほか、
なんとフェスティヴァルの主会場、2200席の教皇庁中庭
でのひとり朗読ショウあり。(ここ気に入らんのはPA
使いよるねん。商業興行の定義はですね、、、まあ、ま
あ、また、いつか)じつは、これには前置きがあって、
昨年、インではもっともアヴァン・ギャルド(だれかが
戦争を連想させるからこの語はつかいたくないといって
いたけれど)というより、拾物のスペクタクル(出没自
由)を連発しているカルヴェ美術館中庭(ただしメイン
ではない。念為)に通いながら、作家の朗読なんて、お
まけに前日ツーリストオフィスの前で出くわした『ポン
ヌフの恋人』のドゥニ・ラヴァンとの(一方的)約束を
反古シテはならないとその日だけ外したのが、あとのう
わさでは大好評で、本年のメイン会場への大躍進となっ
たのです。
62
ところで、パスカル・デュサパンのほうは、3月の東京
でにアヴィニヨンの予定は聴きそびれてしまっていたけ
ど、ヴァネッサやアルマンとの仲間たちと一応ふたつの
コンサート。一応曲目をあげておくと、サン・マルシャ
ル寺院(どこや?どんなオルガンあるんかなあ。)では
『オーエ』(cl&vc)『オプソ』(cl) 『カント』(so,cl&vl)
『メ~モリ』(org)がなんとバック(大バッハ)のオルガ
ン曲との取り合わせ。もうひとつはカルム修道院。新作
はなしと思いきや「i」ではじまるソロが一曲。『トリオ
・ロンバック』(cl,vc,pn)『エコーの骨格』(so,cl&pn)
(やば~い、知らん曲や。和声のお勉強かい、それとも。
。。)に世界初演『イクチュ』(cl.basse)のおあとは、
パスカル朗読の沙翁テクスト解体新書たるなつかしのオ
リヴィエとの『ロメ・ジュリ』。こんどは作曲家の朗読
かあ。みんなやなあ。まあ、新作も朗読も聴くまで口を
つぐんでおこう。まあ、これでも夏にひっとびするほど
ではないなあ。マイルもパクられたし。。。
79
しかし、酔っぱらってる場合ではないので、ちょっと酔
い覚ましシテ、お勉強の「まとめ」かなあ。まず、お湯
わかして風呂にでもはいるか。そのあとカフェに。。。
(イタリアン特急はあったかなあ)早寝は禁物や。あた
らしいベッドパットは、ぱっとせんけど、まあそんなも
んやろ。かき氷は禁物やけど、極彩マント・ドゥ(マン
ト・ドゥ・グラスか)の誘惑には。。。こちらもパステ
ィス以上にちびちびけちっています。毒でもないもんや
けど。(いや、どくちゃうかなあ)さっさと準備万端シ
テ、目覚ましかけとこ。
作曲のパラドックス
      ★パスカル・デュサパン関連記事の目次へ→

コレージュ・ドゥ・フランス開講講義2007     

作曲のパラドックス  

パスカル・デュサパン著

PD表紙        
2008年6月23日発刊

コレージュ・ドゥ・フランス開講講義2007
作曲のパラドックス
パスカル・デュサパン 著
富山ゆりえ 訳
テオロス叢書02
パンオフィス 刊
定価1000円

Collège de France
Leçon inaugurale de la Chaire de création artistique
COMPOSER; Musique, paradoxe, flux
Pascal Dusapin

2007年2月1日木曜日、パスカル・デュサパンは、
コレージュ・ド・フランスの開講講義の教壇に、
1530年の創設爾来ピエール・ブーレーズにつづく
ふたりめの作曲家として登場した        
 

音楽を聴くことについて考えるひとびとのための不屈の講義録

〈販売・予約・問合わせ〉
カルチエミュジコ
tel 050-5873-1433 fax 050-3569-8916
entracte@m.email.ne.jp

※右側の購入フォームよりお申し込みください
 書籍はメール便でお送りします(送料無料)。
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 (振込手数料はご負担ください。詳細は書籍に同封します)。


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テーマ:現代音楽 - ジャンル:音楽

Note de programme QURATIERS D'ÉTÉ 2010
«à x. » de Wataru MIYAKAWA
à x. est une pièce que j’ai écrite il y a environ sept ans. A cette époque-là, j’étais profondément touché par l’oeuvre du compositeur grec Iannis Xenakis (1922-2001) et j’ai voulu, à ma manière, apprendre la force qui se manifeste dans son oeuvre par l’écriture d’à x. Cette pièce est donc une sorte de hommage à Xenakis.

Comme il avait écrit une oeuvre pour piano qui s’intitule à r., hommage à Ravel, j’ai voulu lui rendre, ici, hommage à sa manière. Dans à x., les glissandos, modes de jeu caractéristiques de l’oeuvre de Xenakis, jouent un rôle déterminant. Ces glissandos se croisent souvent de manière « X », ce qui explique également mon choix du titre. En ce qui concerne la réalisation, je me suis souvent basé sur plusieurs courbes exponentielles qui ont été tracées par un ami qui faisait les études de mathématiques pour déterminer la durée et les hauteurs de ces glissandos.

Cette démarche évoque bien évidemment celle de Xenakis. On pourrait dire que mon approche adoptée dans cette pièce est tout à fait semblable à celle d’un apprenti peintre qui copie un chef-d’oeuvre.
カルチエデテ2010 曲目解説
宮川渉『x.へ』ヴァイオリンとチェロのための
『x.へ』は 、ギリシャ人作曲家ヤニス・クセナキス(1922-2001)の音楽に接して深く感動し、その力強さを私なりに学んでみたいという気持ちから7年ほど前に書いたものです。それゆえこの作品は、クセナキスに献げられた曲と言えましょう。クセナキスがモーリス・ラヴェルに敬意を表して『r.へ』というピアノ曲を書いたように、私も彼にならって、このタイトルを選びました。
『x.へ』の中では、クセナキスの音楽で欠かせない奏法、グリサンドが重要な役割をはたしています。このグリサンドはよく「x」というかたちで交わります。『x.へ』という私のタイトルの選択は、ここからも来ています。実際の作曲において、このグリサンドの音高と時間的長さは、数学を専攻していた友人が描いてくれたいくつかの指数曲線をもとにして決めていきました。この方法は、当然クセナキスを彷彿とさせます。この曲での私のアプローチの仕方は、絵描きの見習いが名作をコピーして学ぶ姿勢と大変似ていると言えるかもしれません。(wm)