音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
カルチエミュジコ2013 丹波明コンセールポルトレ
130302_QM44tamba.jpgQUARTIERS MUSICAUX 20I3
フランスからのコンセールポルトレ vol.2
カルチエミュジコ2013
丹波 明 コンセールポルトレ
室内楽作品集
Akira TAMBA CONCERT PORTRAIT


2013年3月2日(土)19時開演
19h00 samedi 2 mars

横浜みなとみらいホール小ホール
(みなとみらい駅/桜木町駅)
Yokohama Minatomirai Hall Salle Récital
Minatomirai/Sakuragicho
アクセス

フルート 立住若菜
 flûte Wakana TATEZUMI
ハープ 片岡詩乃
 Harpe Shino KATAOKA
ヴァイオリン 印田 千裕
 violon Chihiro INDA
ヴァイオリン 竹内 弦
 violon Gen TAKEUCHI
ヴィオラ 民谷 可奈子
 alto Kanako TAMITANI
チェロ 津留崎 直紀 
 violoncelle Naoki TSURUSAKI

■C・ドビュッシー | ソナタ フルートとハープとヴィオラのための
□Claude Debussy (1862-1918) | SONATE pour flûte, harpe et alto (1915)

■ 丹波 明 | クインクエ ハープと弦楽四重奏のための
□Akira TAMBA (né en 1932) |
 QUINQUE pour harpe et quatuor à cordes (1975)

■C・ドビュッシー | 弦楽四重奏曲 ト短調
□Claude Debussy | QUATUOR À CORDES en sol mineur (1893)

■ 丹波 明 | 弦楽四重奏曲 タタターII (新作委嘱作品)
□Akira TAMBA | TATHATÂ II pour Quatuor à cordes (création) (2013)

『タタター II』のリハーサル音源をお聴きください。
(冒頭部分抜粋/静止画)


※プログラム等は変更される場合がございます。
 le programme n'est pas définitif

 ■丹波明のビオグラフは こちら
 ■作曲絵自身による解説「ドビュッシーと私」は こちら
 ■丹波明作品リスト《編成別》
  丹波明作品リスト《年代順》
  丹波明 音楽学学術論文リスト
 ■丹波明 講演「音楽における伝統と創造」レポートは こちら
  (2010.11.30 青山学院大学短期大学芸術学科)
  序破急理論とその作曲書法のエッセンスが語られています

チケット
〈全席自由〉
一般 \3000
学生 \2000
児童 \1000
パスリゾーム・会員 
各\500引

チケット取扱い(2月2日より)
横浜みなとみらいホールチケットセンター
(窓口のみ 10:00-19:00 不定休 045-682-2000)
※一般・学生券のみのお取り扱いです。
 (その他のチケットはカルチエミュジコ扱いのみ)

助成 公益財団法人 アサヒグループ芸術文化財団
後援 日本現代音楽協会



パスリゾームは、これまでのカルネにかわって新設された現代音楽を楽しむためのメンバーシステムです。
カルチエのみならず、参加する現代音楽コンサートで割引料金でチケットを購入できます。
 →詳しくは こちら
 →パスリゾームのサイト
2013丹波明コンセールポルトレ プログラムノート
■C・ドビュッシー | ソナタ  フルートとハープとヴィオラのための
□Claude Debussy (1862-1918) | SONATE pour flûte, harpe et alto (1915)

ドビュッシーが晩年に書いた3曲のソナタのうち、この曲は第2番目に当たり、上記のあまり使われなくなった珍しい編成に書かれています。しかし、ドビュッシーはこの編成から来る古典的で洗練された音色を上手に生かし、音色の対比による構成を試み、完成された作品を創り出しています。音楽語法の中に「音色」(timbre)という「語」を付け加えたのは、ドビュッシーによってだといっても過言ではなく、彼に印象派という冠を被せたのも、この「音色」によるものなのです。この三重奏ソナタはそのよい例だと思います。


■ 丹波 明 | クインクエ ハープと弦楽四重奏のための
□Akira TAMBA (né en 1932) |

 QUINQUE pour harpe et quatuor à cordes (1975)
この五重奏曲は、ラジオ・フランスの委嘱で書いたもので、翌1976年3月24日、フランシス・ピエールのハープ、パリ交響楽団の弦楽四重奏団の演奏で、スタジオ105から生放送された作品です。

熱烈なワーグナー主義者であったドビュッシーが、この影響から解放され自己の音楽語法を創り出すきっかけと成ったのが、ヨーロッパ音楽とは全く無関係な、1889年のパリ万国博覧会で接した東南アジアのガムラン音楽であった様に、私は当時接していた具体音楽によってヨーロッパ伝統音楽から解放されました。この事は、12平均律の階梯音、3拍子、4拍子等の反復リズム、主題・展開・再現の構造から解放される事で、決定音楽の中に非決定性を取り入れるということです。具体的にこの曲では、ハープが創り出す雑音を音素材として、12平均律の音と同時に、又同等に使用されており、その雑音が保有するリズムが音楽のリズムと成り、人間が決めた対位法の測定リズムではありません。従ってこの曲をヨーロッパ伝統音楽の価値基準で聞くのではなく、地球が形成されていく過程を想像しながら「音」「音楽」を聞いて頂ければ幸いです。


■C・ドビュッシー | 弦楽四重奏曲 ト短調
□Claude Debussy | QUATUOR À CORDES en sol mineur (1893)

数年前からとりつかれていたワーグナー主義を少しずつ排除し、この弦楽四重奏曲でドビュッシーは完全とは云えないまでも自己の書法を探し当てており、古典への回帰を感じさせる作品です。四楽章から成り、循環形式、和声の機能を無視した「音群」に近い音の累積、凝縮された旋律等によって、初演の時は賛否の批評も分かれた作品です。これは、モーツァルト、ベートーヴェン的に書くのではなく、ワーグナーの後に何があるべきかを探し求めたドビュッシーの創作概念によるものなのです。


■ 丹波 明 | 弦楽四重奏曲 タタターII (新作委嘱作品)
□Akira TAMBA | TATHATÂ II pour Quatuor à cordes (création) (2013)

1968年に書いた「タタター I」に続くこの二番は、カルチエミュジコの委嘱で四十数年語に再度、同じ編成に取り組むことになりました。「タタター」とはサンスクリット語で、「真如」「如」と訳されている語で、あるがままの現象と云う意味で、万有に通じる真理ということです。私はこの様な理が有るかどうかは知りません。又、この様な真理をこの曲で表現したいと考えた訳でもありません。唯、ベートーヴェン、シェーンベルグ、ドビュッシー、ベルグの後には何が有るべきかを考えただけです。ヨーロッパ音楽の表現手段の他に何が有るかを考えた時、日本の能楽から多くのものを学びました。この曲は、『タタター I』に比べて、意気込むことなく「序破急」書法で書きました。音の密度(音の数)、早さ、強さ、高さの漸進的増加の組み合わせによって構成されています。

私がドビュッシーから学んだことは、敬愛し影響を受けた作曲家の後に何があるべきかを探求すべきで、その亜流であることを探し求めるべきではないという創造観念です。私はこれをドビュッシーから直接学んだのではなく、O・メシアンを通してです。この後者は、いかに前者を把握した上で亜流に成ることなく自己の書法を確立したかを身をもって教示してくれました。しかし、この創造観は、なにもドビュッシー、メシアンに限ったことではなく、多かれ少なかれヨーロッパ芸術の個に基づく創造観だということが出来ると思います。

(丹波明 記)
丹波明 ビオ
丹波 明
Akira TAMBA

tamba photo

■1932年横浜生まれの丹波明は、横浜英和小学校、旧制神奈川県立横浜第一中学校(現・神奈川県立希望ヶ丘高等学校)から東京藝術大学に進み、1960年にフランス政府給費留学生として、パリ高等音楽院で、オリヴィエ・メシアン、トニー・オーバンに師事。作曲で一等賞、楽曲分析で二等賞、リリー・ブーランジェ賞、ディヴォンヌ・レ・バン作曲賞を受賞。64-67年フランス国立放送研究所にてミュジーク・コンクレートの研究。1968年にフランス国立科学研究所哲学科(CNRS)に入り、1998年から主任研究員をつとめた。

■1971年「能音楽の構造」によってソルボンヌ大学より音楽博士号、84年『日本音楽理論とその美学』により同大学よりフランス国家博士号を授与される。日本では『創意と創造』『序破急という美学』(ともに音楽之友社)が出版されている。

■70年以降、多くの音楽祭で作品を発表。とくに79年フランス国立放送により「丹波明の一日」が放送され、同年オランダ現代音楽祭で10作品が演奏された。主要作品としては、フルート・ソナタ、ピアノとオーケストラのための『曼荼羅』、チェロ協奏曲『オリオン』、邦楽器のための『アンテルフェランス』の9曲のシリーズなどがある。

■能音楽の研究をはじめたのは、インドのリズム原則を帰納化して西洋音楽にとりいれたオリヴィエ・メシアンの啓発によるものである。日本の伝統文化への深い造詣とそれらを背景とした独自の芸術観が、現代作曲家としてのアイデンティティーをきわだたせ、安易な感覚主義や浅薄な異国趣味とはまったく無縁の世界を築いている。

■丹波明は、20世紀音楽における十二音音楽の閉塞感のなかで、平均律のみならず、音素材に内在する変容した時間がリズムとなって、縦の線の制御から完全に解放されたミュージック・コンクレート、さらには、非決定音楽の細胞組織をもつ能音楽から導き出された、精神生理学的要素に基づいて、速度・密度・強度が漸進的に増加する時間構造を、「序破急」理論に昇華し、21世紀の世界の音楽潮流にも開きうる普遍性をもつ美学原則を提案している。

■2011年11月に行われた〈カルチエドトンヌ2011 丹波明コンセールポルトレ〉に続く今回は、新作の弦楽四重奏曲の世界初演を核に、現代フランス音楽の礎ともいうべきドビュッシーとのパースペクティヴにおいて、丹波明の音楽世界に新たな光をあてるコンサートとなる。
ドビュッシーと私 −丹波明 〈2013丹波明コンセールポルトレ〉
ドビュッシーと私

AT_20121030.jpg丹波明 新作の弦楽四重奏曲のスコアを前に

ドビュッシーと私        

私がドビュッシーを意識したのは、芸大の三年も半ば過ぎ、卒業作品を書かなくてはならず、編成、形式を考えていた時です。ドビュッシーは晩年、数曲のソナタを書く計画を立て、チェロ・ソナタを1915年に、今回皆様がお聴きになる三重奏ソナタを1916年に、ヴァイオリン・ソナタを1917年に作曲し、翌1918年、癌のため他界します。

当時、私にとっての問題は、自己の和声、自己のリズム・時間観、自己の形式・構造観、自己の色彩感をつくりあげていたドビュッシーが、何故、再度ソナタ形式に回帰したかと云うことでした。

確かな答えを得られないまま、私も彼の様に少なくともソナタを三曲書くべきで、その内に答えは返って来るだろうと決心し、先ずフルート・ソナタを1958年に、ピアノ・ソナタを1959-60年に、ヴァイオリン・ソナタを1962年に書きましたが、答えは得られず、漠然と解ってきたのはかなり後のことです。答えは二つ考えられました。

その第一は、不本意ながらも、ドビュッシーは彼に課せられていた印象主義が衰退期に入り、行き詰まりを予期し、この解決法として、感覚、観念と結びつかない、純粋に音による音楽構造をソナタ形式に求めていたと考えられます。

第二は、ドビュッシーがこれまで刷新してきた経験を基に、古典のソナタ形式とは異なる、新しい「フランスのソナタ形式」を発展できる自信があったからだと思われます。この自信を「フランス音楽家」という自負で表示し、C・フランクやV・ダンディのアカデミスムが提唱する古典的ソナタ形式に対抗する指示運動でもあったと、考えられるのです。

従って、一部の人々が云うような、第一次世界大戦中の国粋主義でも祖国主義でもなく、ここにはいかなる状況の中でも、たゆまず音楽を探し求める作曲家、ドビュッシーの姿を見ることが出来るのです。この態度は、熱烈なワーグナー主義者であった彼が、数年後、ワーグナーに留まるべきでないと主張したドビュッシー自身の言葉でも理解出来ます。

「ワーグナーの後に何があるべきかを探求すべきで、ワーグナー風にある事を探し求めるべきではない」。

これは彼がワーグナーの音楽を否定したというのではなく、あるものに留まって自己の音楽の探究を怠るべきではない、というのです。

 私がドビュッシーから学んだものは、ドビュッシー風にあることではなく、ドビュッシー、メシアンの後には何があるべきかを探し求める創作態度、創作意識でした。
           
2012年 丹波明