音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
カルチエドトンヌ2014 ブリュノ・マントヴァーニ コンセールポルトレ
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QUARTIERS D'AUTOMNE 20I4
カルチエドトンヌ2014
ブリュノ・マントヴァーニ
コンセールポルトレ
室内楽作品集
Bruno MANTOVANI
CONCERT PORTRAIT


2014年11月29日(土)19時開演
19h00 samedi 29 novembre

杉並公会堂小ホール
(JR/メトロ 荻窪駅)
Suginami Koukaido Salle Récital
JR/Metro Ogikubo
アクセス



フルート 木村 麻衣子
 flûte Maiko KIMURA
ヴァイオリン 印田 千裕
 violon Chihiro INDA
ヴィオラ 福田 道子
 alto Michiko FUKUDA
チェロ 津留崎 直紀
 violoncelle Naoki TSURUSAKI


■フルートのための 4つのアルメニアのメロディ
□Quatre mélodies arméniennes pour flûte (2010)

■ヴァイオリンとチェロのための ひとつの声の
□D'une seule voix pour violon et violoncelle (2007)

■弦楽三重奏曲 ユー・アー・コネクティッド
□You Are Connected pour trio à cordes (2001/2004)

 * * *

■フルートのための フリュ
□Früh pour flûte (2001)

■ヴァイオリンのための ハッピー・アワーズ
□Happy hours pour violon seul (2007)

■フルートと弦楽トリオのための ハッピーB.
□Happy B. pour flûte, violon, alto et violoncelle (2005)

▷▷▷ブリュノ・マントヴァーニのビオグラフィ
▷▷▷プログラムノート(曲目解説) 試聴、楽譜あり
▷▷▷Note de Programme (en français)
▷▷▷Programme Note (in English)

チケット
〈全席自由〉
一般 \3000
学生 \2000
児童 \1000
パスリゾーム・会員 各\500引
未就学児 \100
 


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ブリュノ・マントヴァーニ ビオ
パリ南郊外のシャティヨン市で、イタリア出身の父とスペイン出身の母親のもとに生まれたブリュノ・マントヴァーニは、10代後半に南仏地中海側スペイン国境のペルピニヤンの音楽学校において、本格的にピアノ・ジャズなどの勉強を開始したが、その後、パリコンセルヴァトワールにすすみ、作曲・音楽史・美学・電子音響・オーケストレーションで賞を獲得した。ひきつづき、ルーアン大学の音楽学博士課程、ロワイヨモン修道院の作曲コース(1995年)とイルカムのカーシュスの電子音楽コース(1998/99年)で学業を終えた。

その後、ノルマンディの10月フェスティヴァル(2001年)、フランス外務省派遣プログラムのローマ賞場外プログラム(2002年ボローニャ)、ヴィラ・メディシス(2004−2005年ローマ賞)、ブザンソンフェスティヴァル(2006−2007年)にレジデンス作曲家として招かれている。2006年のフェスティヴァル・ミュジカでは、テーマ作曲家としてフランソワ・レーニョの台本によるオペラ『もうひとつのサイド』(7人の歌手とソロ・パーカッションとオーケストラのための)を書き、初演されている。

1999年のヴィオリンと電子音楽のためのコンチェルトでシュトゥットガルトのコンクールで一等賞を獲得したのをはじめ、2000年代にはいって、室内楽をはじめ、オーケストラやアンサンブルの作品をコンスタントに書いている。室内楽曲では、ピアノ・ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・フルート・クラリネット・マリンバ・アコーディオンのソロのための作品をはじめ、デュオ・トリオのほか、2曲の弦楽四重奏曲、五重奏があるが、今回はピアノのはいっていない5作品をとりあげる。

またコンセルヴァトワールで師事したギィ・レベルの影響で4曲のカンタータをはじめとする声楽曲も多い。
2011年にはオペラ・バスティーユでロシアの反体制派の女流詩人の息子レフとの精神的葛藤を描いた2曲目のオペラ『アクマトゥーヴァ』(台本C・グリスティ)がオペラ・バスティーユで委嘱・初演され、反骨の芸術家をあつかったオペラとしてヒンデミットの『画家マチス』を想起させられる。また、これに先だって、2009年には仏陀の悟りにいたるまでをテーマとしたバレエ『シッダルタ』がおなじくパリ・オペラ(ガルニエ座)で、アルメニア出身のプレルジョカージュの振付で初演され、DVD化されている。

マントヴァーニは、オペラ・声楽曲における台本作家のみならず、映像作家から料理人にいたるまで、さまざまなジャンルの芸術家とのコラボレーションが作品に反映されており、また、ラモー・バッハ・モーツァルト・シューベルト・シューマンなどの音楽史への言及や、ジャズやオリエント音楽への参照も、特徴としてあげられるだろう。

マントヴァーニの作品は、著名なソリスト(M.ダルベルト、B.ヘンドリクス、P.メーヤー、E.パユ、J-G.ケラスほか)や指揮者(P.ブーレーズ、L.キュニオ、P.エトヴォス、E.クリヴィヌ、J.ノット、F-X.ロース)・オーケストラ(バンベルク交響楽団、フィルハーモニック室内楽団、フランクフルト放送管弦楽団、ルツェルン・アカデミー、パリ管弦楽団)およびアンサンブル(アルトナンス、アクサンチュス、アンテルコンタンポラン、TM+、ダネル・クワルテット)によって、パリの音楽都市、シャンゼリゼ劇場、サル・ガボーをはじめ、リヨン・トゥールーズ・リルなどの国内、また国外ではルツェルン・ケルン・アムステルダム・NYなどで演奏されている。

録音も多く、マントヴァーニ作品をフィーチャーしたものから、演奏家のアルバムに組み込まれているものまで、またコンチェルトやオーケストラ曲からアンサンブル、室内楽曲まで10枚以上がリリースされている。

2010年にはパリコンセルヴァトワールの院長に36歳という若さで就任して話題を呼んだ。
プログラムノート マントヴァーニ・コンセールポルトレ
4つのアルメニアのメロディ
アルメニアには、楽器および声楽におけるゆたかな古典的レパートリーが存在している。また、伝統音楽がとてつもなく発展していて感動させられる。このフォークソングのための象徴が「ドゥドゥック」とよばれる楽器で、オーボエのような2枚リードの楽器で、しかし、むしろチェロにちかい音色に魅了される。息づかいをともなった音の変化は、微分音をへて、ひとつの音からべつの音へ移行する抑揚は、独自の音色的要素をもっている。さらに同時に、このドゥドゥックのための音楽は、リズミックであり、(オスチナート手法を基盤とするアルメニアのレパートリーとして)とてもリリックである。ARD[ドイツ公共放送連盟]のフルートコンクールのために書かれ、空間的な技法の駆使により、アルメニアの色彩を浮き上がるためには、このドゥドゥックを「退廃させる」ことが興味ぶかく思われた。さらにはこの国のレパートリーのなかに、なにがしかの音楽的アイディア(とくにアライック・バルチキアン*の名人芸的演奏に触発されて)を引き出せたのではないかと考えている。この4つのメロディは、アルメニア音楽を書き写したものではなく、たとえばその音楽言語は旋法ではなく、というのは、つきることのない豊かさをもった伝統的音楽の手法の、西洋的・現代的解釈だからである。
*ライック・バルチキアンのサイト(ドゥドゥックの音色が聴けます)
http://www.araik-bartikian.com/projets
▶▶楽譜PDF(一部)

ひとつの声の
これまでのヴァイオリンとチェロという20世紀の神話的編成による作品群には(ラヴェルのソナタをまず念頭においているが)無条件に傑作がならんでいる。しかしながら、この編成のために曲を書くことは、作曲家にとって休息状態ではなく、というのはこの組み合わせの純粋性が、音色の均質性と同様に響きあう楽器や裏打ちの不在など、あらゆる「メークアップ」を妨げているからである。この編成は、とくにハーモニーにおける明白さと禁欲さを余儀なくされ、楽譜の垂直的思考によってこのふたつの楽器を同じものとしてあつかうことに陥ってしまうのである。
うってつけなタイトルがしめしているとおり、この作品は、ふたつの楽器のための「ソロ」である。インド音楽にインスピレーションをえた低弦による進行をのぞいて、ここではホモリズムが支配している。一方がリリスムに依拠したり、断続的音域さらにはノイズのような部分では、もう一方が静的な骨組を形成する。この「ひとつの声(声部)」のための音楽は、けっしてとだえることなく、むしろ四分音が、このふたつの楽器連携によって推移するラインのとてもオリエンタリスム的コンセプトを形成し、装飾的に美しい場面をつくりあげている。




ユー・アー・コネクティッド
1999年10月に、ドイツ・エデンコーベンのレジデンスのさいに作曲された。パリ弦楽三重奏団のために政府からの委嘱となった。多様なソースのよる音楽手法をひきだしながら、弦楽器の「自明的で伝統的」ジェスチュアにもとづくアイディアからなるドラマチックな息づかい(弓の動きに適応したダイナミックさとヴァイオリンの高音部のリリックなメロディ…)、さらには電子音響的世界(進行にともなう加速と呼応した音楽的骨組の移調)から触発された部分が統合されている。「具体的ジェスチュア・絶対的手法」である器楽的弁証法は、このフォルムにリズムをつけている。ほとんど並列的な集積のプロセスへの帰着は、作品の最後の部分で、インターネットのネットワークのコネクション(これがタイトルの由来である)の旋法によって放出されるトリオのソノリテとして転写されている。この曲の絶頂点であり、また密度あるクレッシェンドのフォルムの一般的帰結点で、このコードは、曲の始まりから蓄積されつづけた強度の開放として出現する。さらに、ここで、この話法は「ザッピング」のロジックをもちだし、進行は対位法の段階的収縮にとどまることなく、むしろコントラストをもった音楽的性格の熱狂的重層にまでいたる。いずれにせよ、情報化の絶対的世界からの借用は、音響的素材の独自性をもった小節のなかに音楽的意味をもち、そのまま作品の結論へとつながる。
▶▶試聴(抜粋)







フリュ
この短い作品は献呈者であるアンヌ=セシル・キュニオの依頼で書かれた演劇的概念についてのエチュードである。わたしにとって馴れ親しんだ音楽的プロセス(並列的言説の突然の遮断、不安定なダイナミスム、溶解する音階)を凝縮して、『フリュ』は、高音における息切れして粗暴な音、オリエンタリスム風微分音に性格づけされたさまざまに異なった音楽的登場人物を演じ、とくにその対照がときとして衝突の危機をはらみながら作品がはじまる。対照的なエピソードの重層を演じながら、しかし、私の作品ではめずらしく並列的な変換プロセスにおいて、この作品のフォルムは、識別できるレパートリーへの参照項をめぐる分節化をともなっている。中近東、フランス音楽、また1960年代のセリー作品をめぐり、さらにはアジアへと、私の近作における卓越した位置をしめるフルート音楽世界への旅を明確化している。



ハッピー・アワーズ
「ハッピー・アワーズ」は、フランスでもバーなどでの割引タイムを意味する英語起源同様に用いられている。<レ・シ>のトレモロのフォルティティシモの強奏ではじまったあと、同じ小節の最後の拍から、途中、トレモロになったり、べつの音も加わたりしながら、13小節目の最初の音にまでにわたり、この2音を軸とした32分音符の和音のきざみがつづく。4分の5で開始された拍子は4分の3、4分の4にめまぐるしく変化し、さらには8分の1や16分の3の字余りのような拍が追加されるという複雑な変拍子で構成されている。小節線をどのようにまたぐかは、これほどまでの変拍子によって強調されざるをえない。さらには、拍とはべつの進捗のなかで10音ごとにアクセントがつき、その間隔も小節がすすむにつれ、漸次的に小さくなり最後は2音ごとに頻繁になる。
4分音符=80ではじまったテンポも途中、アッチェランドやラルラメントとアテンポが挿入されるが、それほど大きな変化はない。一方、ダイナミックスは、同じ小節のなかでも、フォルティッティティシモからピアニシシシモが、デクリシェンドとクリシェンドが繰り返される。その後、小さな跳躍につづくトレモロの小節が挟まった後、スラーによる音階的な6連音符の半音階で移行する部分にはいる。やがてはげしい変拍子とダイナミックスの変化が出現する。その後も、これらの和音の刻みの部分と(微分音もはいった)音階的な部分と小さな跳躍の部分の3要素が繰り返し登場して、160節のハッピーアワーは終了する。ハッピーだったのは、奏者なのか、聴衆なのか。〈MM〉
▶▶楽譜PDF(一部)

ハッピィ・B.
2005年のカーネギーホールでのコンサートの機会に、ニューヨークのアンサンブル・ソスペーソ[Ensemble Sospeso]は数人の作曲家に、ピエール・ブーレーズの80歳の誕生日を祝う短い室内楽曲を依頼した。現代における指揮者・イルカム創始者として(しばしば協力する機会に恵まれたが)また作曲家さらに一般的には作品や著作をつうじて知られている人物へのお祝いという重要任務の遂行だったのである。
わたしがインスピレーションをあたえられたのは、ブーレーズの音楽ではなく、むしろ、どちらかというと「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」の歌であり、このメロディは、作品のはじまりとおわりに、かなり聴き取れないほどの音域に変化して引用されている。このふたつのシークエンスのあいだにある音楽言説は一定して流暢で、ブーレーズの『フルート・ソナチネ』(1946)と『エクスプロザント・フィックス』を想起させるフルート風ヴィルチュオーゾがあらわれる。作品の前半における継続的アイディアが漸次的に崩壊する並行的進行であれ、動機づけされた展開のロジックであれ、たえまない動きをもちづづけながら、この言説は固定されることはけっしてない。ハッピィ・B.は熱狂的作品であり、なによりもブーレーズ式エネルギーを祝福するものである。
▶▶楽譜PDF(一部)
▶▶試聴(抜粋)






ハッピーアワーズ以外はブリュノ・マントヴァーニによる
Note de Programme
Mélodies arméniennes (4)
L'Arménie est un extraordinaire vivier d'instrumentistes et de chanteurs pour le répertoire classique. C'est aussi un pays où la musique traditionnelle est particulièrement développée et touchante. L'instrument emblématique de ce répertoire populaire est le "doudouk", instrument à anche double, comme le hautbois, mais dont le timbre envoûtant se rapproche plus de celui du violoncelle. La transition du son au souffle, les inflexions permettant de passer d'une note à une autre (en usant de la micro-tonalité) sont autant d'éléments timbriques singuliers. De même, la musique pour doudouk peut être à la fois rythmique (une partie du répertoire arménien repose sur des procédés d'ostinati) et très lyrique.
Au moment d'écrire une oeuvre pour flûte destinée au concours de l'ARD, j'ai pensé qu'il pouvait être intéressant de "pervertir" cet instrument occidental en tentant, par l'utilisation de techniques spécifiques, de lui donner une couleur arménienne. En outre, j'ai puisé dans le répertoire de ce pays quelques idées musicales (en m'inspirant notamment du jeu du grand virtuose Araïk Bartikian). Ces Quatre mélodies ne sont aucunement une transcription de pièces arméniennes, car le langage n'est pas modal, par exemple. Mais elles sont une interprétation occidentale et contemporaine d'une matière musicale traditionnelle dont la richesse est infinie.

D'une seule voix
Le duo violon-violoncelle est une formation mythique du XXe siècle, tant certaines des pièces qui lui sont consacrées (je pense notamment à la Sonate de Maurice Ravel) sont des chefs d'oeuvres absolus. Pourtant, écrire pour cet effectif n'est pas de tout repos pour un compositeur, car sa pureté (liée à l'absence d'instruments résonnants, de doublures, ainsi qu'à l'homogénéité de timbres) empêche tout "maquillage". Le duo pousse à l'évidence, à l'ascèse, notamment sur le plan harmonique : la pensée verticale est soumise au fait qu'il s'agit là de deux instruments monodiques.
Comme son titre l'indique, cette oeuvre est en fait un solo pour deux instruments : l'homorythmie prévaut ici, sauf dans des séquences inspirées par des procédés de bourdon inspirés par la musique indienne : un des instruments assure une trame statique alors que l'autre agit soit par son lyrisme, soit dans un registre plus discontinu, voire bruitiste. Cette musique à "une voix" laisse aussi la part belle à l'ornementation : l'utilisation des quarts de ton renvoie à une conception très orientaliste de la ligne qui, ici, n'est jamais interrompue, mais s'anime lors de relais entre les deux instruments.
Commandé par le festival Aujourd'hui Musiques de Perpignan, D'une seule voix est dédié à Diego et Timothé Tosi qui ont créé l'oeuvre en novembre 2007.

You are connected
Composé en octobre 1999 alors que je vivais à la résidence pour artistes d'Edenkoben (Allemagne), You are connected résulte d'une commande de l'Etat pour le trio à cordes de Paris. Cette oeuvre tire sa matière musicale de sources multiples, voire antagonistes, unissant dans un même souffle dramatique des idées fondées sur des gestes "naturels", "traditionnels" des instrumentistes à cordes (dynamiques en adéquation avec le mouvement de l'archet, mélodies lyriques dans l'aigu du violon...), avec d'autres inspirées de l'univers électroacoustique (transposition de la trame musicale correspondant à l'accélération du discours...). La dialectique instrumentale "geste concret / procédé abstrait" est un des éléments qui rythment la forme. Aboutissement d'un processus d'accumulation quasi-linéaire, la section finale de la pièce est la transcription pour le trio des sonorités émises par un modem lors d'une connexion au réseau internet (d'où le titre de la pièce). Cette coda apparaît comme une résolution des tensions accumulées dès le début de l'oeuvre, dans la mesure où elle est le sommet dynamique de l'ensemble, et où elle met un terme au parcours général en forme de crescendo de densité. Là encore, le discours fonctionne dans une logique de "zapping", les progressions ne reposant pas sur un resserrement progressif du contrepoint, mais plutôt sur une juxtaposition frénétique de personnages musicaux contrastants. De ce fait, l'emprunt à l'univers abstrait de l'informatique revêt un sens musical, dans la mesure où la singularité du matériau sonore obtenu par la transcription incite, par nature, à conclure l'oeuvre.

Früh
Cette courte pièce, composée à la demande de sa dédicataire, Anne-Cécile Cuniot (qui créa l'oeuvre le 4 août 2001 à Cambridge), et une véritable étude sur la notion de théâtralité. Condensé de certains procédés musicaux qui me sont chers (interruptions brusques d'un discours linéaire, dynamiques instables, gammes fusées), Fruh met en jeu différents personnages musicaux caractéristiques (un son soufflé et violent dans l'aigu, une mélodie micro-tonale orientalisante...) dont la confrontation est quelquefois conflictuelle (notamment dans le début de l'oeuvre), Jouant sur la juxtaposition d'épisodes contrastes, mais aussi sur des processus de transformation linéaire (fait assez rare chez moi), la forme de la pièce s'articule autour de références à des répertoires identifiables. Ainsi le Moyen-Orient, la musique française, les oeuvres sérielles des années 1960, et l'Asie sont-ils évoqués lors de ce voyage dans l'univers de la flûte, instrument qui occupe une place prépondérante dans ma production récente.

Happy B.
A l'occasion d'un concert à Carnegie Hall en 2005, l'ensemble new-yorkais Sospeso a décidé de commander à plusieurs compositeurs de courtes pièces de chambre en hommage aux 80 ans de Pierre Boulez. Lourde tâche que de célébrer, dans une miniature, à la fois le chef d'orchestre, le créateur d'institutions (avec lesquelles il m'arrive fréquemment de collaborer), le compositeur, et plus généralement, celui qui est, par ses oeuvres et ses écrits, une véritable incarnation de la musique de notre temps.
Ce n'est pas de la musique de Pierre Boulez que ma pièce s'inspire, mais plutôt... de la chanson "Happy birthday to you", qui débute et qui conclut ma pièce (bien que les changements de registres par rapport à la mélodie originale rendent le modèle assez peu perceptible). Entre ces deux séquences, le discours est toujours fluide, laissant la part belle à une virtuosité "flûtistique" qui peut évoquer la Sonatine de 1946 ou ...Explosante fixe... Jamais le discours ne se fixe, la matière étant en perpétuel mouvement, soit en subissant des processus linéaires (une idée continue, dans la première moitié de l'oeuvre, se désagrège progressivement), soit dans une logique de développement motivique. Happy B. est une pièce enthousiaste, et avant tout, une célébration de l'énergie Boulézienne.

Bruno Mantovani
Programme Note
Mélodies arméniennes (4)
Armenia is an exceptional source for singers and instrumentalists specialised in classical repertoire. It is also a country where traditional music is particularly developed and expressive. The emblematic instrument of popular repertoire is the "doudouk", a double reed instrument like the oboe, but with a beguiling timbre closer to that of the cello. The transition from sound to breath, and the inflexions during the passage from one note to another (through micro-tonality) constitute singular elements of tone colour. Music for the doudouk can also be both rhythmical (part of the Armenian repertoire is based on using ostinati) and extremely lyrical.
When I started to write this flute piece for the ARD competition, I thought that it would be interesting to "alter" the western instrument, attempting, through the use of specific techniques, to give it an Armenian colour. Furthermore, I drew several musical ideas from the country's repertoire (notably inspired by the playing of the great virtuoso, Araïk Bartikian). These Quatre mélodies are not at all a transcription of Armenian pieces, because, for example, the language is not modal. They are however, a contemporary occidental interpretation of a traditional musical material of infinite richness.

D'une seule voix
The violin-cello duo has a mythical place in 20th century music, with some of the pieces devoted to it being absolute masterpieces (I'm thinking of Maurice Ravel's Sonata in particular). Yet, for a composer, writing for this pairing is no picnic since its purity (linked to the absence of resonating instruments and doublings, as well as the homogeneity of timbres) precludes any "fudging". The duo encourages what is evident, asceticism, especially on the harmonic level: the vertical thinking is subjected to the fact that it comes down to two monodic instruments.
As its title (With a Single Voice) indicates, this work is, in fact, a solo for two instruments: homorhythm prevails here, except in sequences suggesting drone processes inspired by Indian music: one of the instruments ensures a static framework, whereas the other acts either by its lyricism or in a more discontinuous, even bruitist, register. This music in or with "one voice" also attaches considerable importance to ornamentation: the use of quartertones refers to a highly orientalist conception of line, which, here, is never interrupted but becomes livelier during the relays between the two instruments.
While composing the work, I constantly had in mind that this duo would be premiered in the middle of a programme centred on works by Giacinto Scelsi. The reference to Indian music and the ethereal sequences, along with micro-tonality, are so many tributes paid to this composer, outstanding for his independence and radical nature.
(translated by John Tyler Tuttle)

Früh
This short piece, which was composed at the request of its dedicatee Anne-Cécile Cuniot (who gave its first performance on 4 August 2001 in Cambridge), is a veritable study on the art of theatre. It is a summary of certain of my preferred musical procedures (such as brusque interruptions of a horizontal line, unstable dynamics, and fused scales), and uses different typical musical characteristics (breathy, violent sound in the high register, or an oriental-sounding micro-tonal melody) which, when they meet, can be in conflict, notably at the start of the work. Because it plays on not only the juxtaposition of contrasting episodes but also linear transformation procedures (something that I seldom do), the form of the piece is rooted in references to an identifiable repertoire. During this journey through the universe, the Middle East, French music, 1960s serial works and Asia are all evoked by the flute, an instrument that has occupied a dominant place in my recent output.
(Translation: Mary Criswick)

Happy B.
For a special concert at Carnegie Hall in 2005, the New York based Ensemble Sospeso decided to commission short chamber music pieces from several composers in homage to Pierre Boulez's 80th birthday. It was a particular challenge to give, in a miniature, simultaneous tribute to the conductor, founder of institutions (with which I have frequently collaborated), composer, and more generally, the man who, through his works and writings, truly embodies the music of our time.
My piece is not inspired by Pierre Boulez's music, but rather... by the song "Happy Birthday to You", which begins and ends my piece (even though register changes with regards to the original melody render the model difficult to perceive). Between these two sections, the discourse is always fluid, leaving ample space for a "flute-like" virtuosity that could evoke the Sonatine from 1946, or ...Explosante fixe... The discourse is never static, because the material is in perpetual motion, being submitted either to linear procedures (one continuous idea, in the first half of the work, disintegrates progressively), or to the logic of motif-based development. Happy B. is an enthusiastic piece, and most of all, a celebration of Boulez's extraordinary energy.

Bruno Mantovani