音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
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カルチエミュジコ ヴァイオリン コンセール モノローグ
QM53monolog.jpg
カルチエミュジコ
ヴァイオリン
コンセール
モノローグ
QUARTIERS MUSICAUX
VIOLON
CONCERT
MONOLOGUE

無伴奏ヴァイオリン新フレンチコネクション
connexion neuve française de violon seul


ヴァイオリン 印田 千裕
 Chihiro INDA violon


杉並公会堂小ホール
(JR/メトロ 荻窪駅)
Suginami Koukaido Salle Récital
JR/Metro Ogikubo
アクセス
2017年9月9日(土)19:00
19h00 samedi 9 septembre 2017


■3つのミニアチュア (2002)|G・ベンジャミン
□Three Miniatures|George Benjamin (né en 1960)

■狂詩曲風組曲 (1965)|A・.ジョリヴェ
□Suite rhapsodique|André Jolivet (1905-1974)

■アンテーム (1991)|P・ブーレーズ
□Anthèmes|Pierre Boulez (1925-2016)

◇◇休憩/ENTRACTE◇◇

■砕けてもあり、、、(2009)|E・カナ=ドゥ=シズィ
□En mille éclats|Edith Canat de Chizy (née en 1950)
カルチエミュジコ+クラブペニッシュ2009年委嘱作品
commandé par Quartiers Musicaux et Club Péniche


■無窮動 (2013)|B・マントヴァーニ
□Perpetuum mobile|Bruno Mantovani (né en 1974)

■インヴィーヴォ (2014)|P・デュサパン
□In vivo|Pascal Dusapin (né en 1955)



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チケット
【全自由席】
一般 3000円 学生2000円 小中高生1000円
  (パスリゾーム・会員 各500円引)



パスリゾームは、現代音楽を楽しむためのメンバーシステムです。
カルチエのみならず、参加する現代音楽コンサートで割引料金でチケットを購入できます。
 →詳しくは こちら
 →パスリゾームのサイト

協賛:マリーコンツェルト 
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ヴァイオリン コンセール モノローグに寄せて
なぜフランス音楽なのかと問われれば、なぜ世界音楽ではないのか、と問い返されなければならない。なぜ現代音楽なのかと問われれば、なぜ伝統音楽ではないのか、と問い返されなければならない。現代のフランス音楽の最前線から、どのような影響を与えられるのかを模索しているわけではない。みずからの演奏活動、さらには文化活動のありかたとして、現代のフランス音楽が、かの地の社会を背景として、目の前に現前しているということである。

演奏される側と演奏する側は、あくまでも対等の関係性のなかにある。フランス音楽が「マイナー音楽」だとするなら、向き合おうとしているものは、まさしくマイナーな音楽である。言い換えれば、デュサパンのいう「東の音楽」である。歴史上・地政学上の世界における、われわれの立ち位置、話している言語が、おのずからさらに東の音楽である。他者としてでないところで(世界と)連帯するより、ほかにどうしようもない。                  

今回のプログラムは、2001年以降のカルチエミュジコの活動が反映・凝縮されている。カナ=ドゥ=シズィへの2009年の委嘱作品をはじめ、さまざまな機会に取り上げているデュサパンとマントヴァーニ、再演となるジョリヴェとブーレーズ、そしてあらたに姿を見せようとしているベンジャミンが並び、現在のヴァイオリニストとカルチエミュジコでなければ組み立てられることのない(ふさわしい)プログラムが組み上がったことと思う。
プログラムノート(ヴァイオリン コンセール モノローグ)
■3つのミニアチュア (2002)|G・ベンジャミン
 ラリーのための子守唄/サリーのためのカノン/ラウアーのリード
G・ベンジャミンはパリのコンセルヴァトワールでメシアンのクラスで作曲を学ぶとともに、I・ロリオにピアノを学んだ。現在は指揮者としても活躍している。この作品は3つの部分からなる。ゆったりとしたドルチェッシモのシンプルで緊張感のないメロディではじまる第1曲の子守唄は、2声のハーモニーの帯がつながりながら繰り返される。途中、ピアニッシモと交互にハーモニクスが奏でられ、テンポが揺れ動くカデンツァで終わる。正反対のとてもエネルギッシュで速い第2曲目はピッチカートとアルコが繰り返される。ノン・ヴィヴラートの長音をあいだにはさみながら3連音符と2連音符が繰り返され、最後はピアノとスフォルティッシモの和音の繰り返しで曲を閉じる。ヴィブラートのアルペジオではじまるイントロダクションをもった最後のリートは、途中で左手によるピッチカートに導かれたピアニッシシモのアルコによる優しいシャンソンに導かれていく。


■狂詩曲風組曲 (1965)|A・ジョリヴェ
 E・ヴァレーズに師事して、音楽のみならず多大な影響を受けたA・ジョリヴェは、若い頃に旅した北アフリカのアラブ音楽・イスラム音楽を体得している。この晩年の独奏楽器のための作品のひとつである『狂想曲風組曲』は全5曲からなる。第1曲「前奏曲」のアラブ風民族音楽の色彩の濃い。しずかでゆったりとした「アリアI」には小節線は数本しかなく、低弦の高い音のポジションで旋律が奏でられ、終盤にはさらにテンポが緩んで曲を閉じる。つづく「間奏曲」では4分の1音高く調弦された〈ラ〉の開放弦を用いて、全体に弱音器をつけて駒の近くでの演奏からはじまる。中間部は日本の民謡を彷彿とさせる。つぎの「アリアII」も弱音器をつけたまま演奏される、グリッサンドが特徴的な短い対比的な曲である。つづく「終曲」では短い旋律とピッチカートの和音による、歌とかけ声をともなった踊りによるは華やかなメロディで全曲を閉じる。全体を通じて小節線が少なく、タイトルのラプソディー(狂想曲)の色彩が支配している。

■アンテーム (1991)|P・ブーレーズ
 P・ブーレーズは20世紀後半から21世紀にかけて、フランスの音楽のみならず、あらゆる芸術を代表する作曲家である。この『アンテーム1』は『固定された爆発』の最初の曲想をもとに、ヴァイオリン・ソロにふさわしい音楽テクステュアに変更・増殖させながら書かれた。いくつかの部分に分かれ、テンポの対比がきわ立っている。コントラストの強いダイナミーク、弓の位置指定などの奏法が細かく記載され、小節ごとに拍子がかわるなかで、速いテンポでの連続の重音ピッツィカート、トリルと同時に他声部でメロディを演奏するなどヴュルチトゥオーゾ的要素のおおい作品である。なお、この作品をもとに、コンピュータ音響にリンクさせて、演奏と同時に増幅・変形させる『アンテーム2』も書かれている。

■砕けてもあり、、、(2009)|E・カナ=ドゥ=シズィ
 美学的センスにもとずく独特のエクリチュールをもつ作品を書き続けているカナ=ドゥ=シズィは、芸術アカデミーに選出された最初の女性作曲家(本人は女性形を好まないが)である。この作品を書くにあたり、作曲家は、子供の頃から親しんできた楽器のために、上田聴秋の俳句「砕けても 砕けてもあり 水の月」の仏訳にインスピレーションを得た。初演のさいには来日した。

 俳句は日本語ばかりでなく、海外でもさまざまな言語への翻訳とともに、あらたに創作され続けている。音節数はともかく、外国語でも簡潔さ、諧謔性、季節感の精神は守られているように思われる。バルトの言うように、俳句は言語以前に沿って書かれ、言語の意味をもたない。物語の展開もなく、むしろ言語の中断であり終焉だとも言えるだろう。聴秋の俳句は、つねに空に浮かぶ月はつねにそこにあり、砕けているのは水のゆらぎのなかに浮かぶこなごなになった月の破片である。そのふたつの月が並列してひとつの映像として並べられている。そこには、たゆたっている時間はない。

 作曲家は、空に浮かぶつねにそこにある月と砕けているのは水のゆらぎのなかに浮かぶこなごなになった月の破片との同時性に永遠性と儚さ、あるいは動性と不動性という、これまでの作品におけるテーマと共通する二面性を見出し、それらを対比させながら音楽を紡いだ。冒頭32分音符の断片的な塊ではじまり、繰り返されたのちに高低差の少ないグリッサンドをともなった
長音となり、ピッチカートの短い和音が挿入される。微妙にテンポを変化させながら、途中、おだやかな楽想の部分を挟みながら、この対比は繰り返され、最後は弓の背でわずかな音を残しながら、ピッチカートの和音を奏でて全曲を閉じる。最後を除いて、全曲にわたって小節線はない。

 エディット・カナ=ドゥ=シズィは、この曲につづいて、ピアノのための『静寂のプレリュード』(2009)で夏目漱石の、ヴァイオリンとピアノのデュオ『5つのミニアチュア』(2013)では幸田露伴、千代尼、小西来山、渡辺水波の俳句から、短くて束の間で、最小限にとどめられた音楽へのインスピレーションを与えられている。

■無窮動 (2013)|B・マントヴァーニ
 若くして、パリのコンセルヴァトワールの院長に就任したマントヴァーニに同世代の作曲家のなかでも、もっとも注目されるひとりである。この作品の初演にさいして、現代音楽は難しいかと問いかけられて、音楽は(まず)愉しみのためにかかれるはずだと語る作曲家の2曲目の無伴奏ソロ曲である。『常動曲』というタイトルの楽曲は、音楽史において、昔からさまざまな編成で書かれてきている。タイトル通りの(ほとんど)休符もない音符は、ヴァイオリニストひとりで奏でられなければならない。ピアニッシッシッシモからフォルッティッシモにいたるピッチカートによるスタッカートの〈ソ♯〉の音が繰り返されて曲がはじまる。スラーによる上下する音形、1〜4音の短い音形、やがて重音による音形も混じり、一旦ファルティティッシモの4重音によって閉じる。すぐにテンポを落として、ヴィブラートなしで、メロディが奏でられたのち、上下する音形がふたたびあらわれる。さらにはおなじ音がつづき、これらの要素が執拗に繰り返される。下降音形ののち、最後はアクセントをもった高音の11個の〈シ〉のピッチカートが、フォルティティシモへとクレッシェンドしながら繰り返され、突如として曲を閉じる。

■インヴィーヴォ (2014)|P・デュサパン
世界中のコンサートにおいて、現代のフランスの作曲家のなかでも、もっとも頻繁に取り上げられる作曲家のひとりである。ヴィジョンの明確さと構成の確実さからもたらされる確固としたエクリチュールはほかに類を見ない。

ラテン語で「生命の本質において」というタイトルは、生命ある有機体の実質的調査を意味し、組織化され、展開する音楽〉のフォルムを示唆している。

怒りをもってはじまる第1楽章は、さまざまな長さの休符を挟みながら、ピアニッシモからフォルティティッシモへと炸裂する短い音符の塊が繰り返される。「不在のような透明感をもって」と指示される重音が響き、16分音符の細かい恩恵をあいだに挟みながら、最後はピアニッシッシモの高音の単音がスラーで奏でられながら楽章を閉じる。

第2楽章は「(答えのない問いのように)謎めいて」と書かれているように、出だしの高音の長音とピッチカートが交互に繰り返され、ハーモニーをもった細かいフレーズが繰り返しが挿入される。最後に長音のあとの〈ソ〉のピッチカートで短い楽章を閉じる。

「空に消え去る一羽の鳥のように」と書かれている第3楽章は、弓の圧をほとんどかけない音形ではじまり、やがてスルポン(駒寄り)で8分音符と4分音符の音形が短い休符を挟んで奏でられる。音 符は16分音符にまで細かくなり、ときどき長音やトリルが挿入されながら、強弱もピアノから スフォルツアンドへと大きく変化しながら断片的音形が繰り返される。ときどき奏でられる 〈ミ〉のピッチカートが効果的である。 4分の4の拍子記号のなかで、8分休符などの 長さの異なる休符が、鼓動の不整脈のようにランダムに挿入されながら進行する。 最後はリタルランドしながらスルタスト(指板の上)でさまざまな三連音符が最初の音を1音ずつ下げた短い下降音を最初の音をレガートで繰り返されたのちに、ピアニッシモの高音の〈シ〉ではじまるいくつかのおなじような音形によって全曲を閉じる。

2017年9月9日(土)19時開演 杉並公会堂小ホール
カルチエミュジコ ヴァイオリン コンセール モノローグ
印田千裕ビオグラフィ
3歳よりスズキ・メソードでヴァイオリンを始める。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校を経て、同大学音楽学部卒業。野村財団助成を得て英国王立音楽院に留学し、ディプロマコース修了。

ノヴォシビルスク・ヤングヴァイオリニスト国際コンクール・ジュニア部門第3位(1998)江藤俊哉ヴァイオリンコンクール第1位(2004) を獲て、記念演奏会にて日本フィルハーモニー交響楽団とブラームスのヴァイオリン協奏曲を共演。シャネル・ピグマリオン・デイズ2009参加アーティスト。また、邦人作品にも積極的に取り組み、CD『日本女性作曲家の歩み〜ヴァイオリン作品〜』『山田耕筰 ヴァイオリン作品集」などをリリース。

2017年5月、東京オペラシティリサイタルシリーズ〈B→C:バッハからコンテンポラリーへ〉に出演。
 ▶︎▶︎詳細

印田千裕HP
モノローグへの道
カルチエミュジコでは、これまでのコンサートのかずをかぞえていないわけではないが、あくまでもデータの整理のためである。ヴィオロニストもかぞえていたようで、いつか「記念すべき」と書かれていたのを読んだときには、実のところ、ちょっと驚かされた。

しかし、このモノローグは、これまでの編成の延長上の「偶然」の順番に並んでいるに過ぎない。ピアニストと比較して、弦も指も少ない弦楽奏者が「ひとりで」演奏するのはたいへんである。ソロコンサートと銘打っていても、ピアノとのデュオのこともよくある。当初、断られるかと思っていたが、すんなりと受け入れられた。もちろん、モノローグ以上になにも「記念すべき」ものはない。

もともとの曲目から、めあての2曲のどちらも外せなくなった。いずれと考えていた曲がリクエストされたからである。ヴィオロニストが、いつかは取り上げることも十分に承知していたので、こちら側の邪念はふっとんでしまって、リストを並べてみると、その瞬間に、どの曲も演奏順とともにすでに動かせないようにはまり込んでしまった。
ここに並んでいるのは、そのような〈フレンチコネクション〉である。ぜひお聴き逃しになりませんように。
砕けてもあり、、、 En Milles Eclats について
2017年9月9日《ヴァイオリン コンセール モノローグ》で演奏される『砕けてもあり、、、』について

EN MILLE ECLATS (2009) Edith CANAT de CHIZY(née en 1950)
commandé par Quartiers Musicaux et Club Péniche


砕けてもあり、、、  エディット・カナ=ドゥ=シズィ
カルチエミュジコ+クラブペニッシュ2009年委嘱作品


milles eclats

砕けても
砕けてもあり
水の月

«  Fût-ce en mille éclats
Elle est toujours là
La lune dans l’eau ! »

Cet haiku de Ueda Chôshu m’a donné la trame de cette pièce dont son thème est la confrontation entre l'immuable et l'éphémère, mais aussi entre le mobile et l'immobile qui est un thème très présent dans ma musique. Cette pièce pour violon seul commandée par l’ensemble japonais «Quartiers Musicaux», et qui sera créée dans le cadre d’un concert monographique de mes oeuvres à Yokohama.
Edith Canat de Chizy

 もっとも親しみを抱いている楽器であるヴァイオリンのためのこの作品は、カルチエミュジコから委嘱され、そのために見出した上田聴秋の俳句「砕けても 砕けてもあり 水の月」が創作のための道筋となっています。いうまでもなく「不変性とはかなさとの対照」が、この作品のテーマです。
エディット・カナ=ドゥ=シズィ


曲目解説
 カルチエミュジコとクラブ・ペニッシュによる委嘱シリーズの最初の作品として、2009年にフランスの作曲家エディット・カナ=ドゥ=シズィに新作を委嘱した。この曲を書くにあたり、作曲家は、いちばん親しい楽器ヴァイオリンのソロのために、上田聴秋の俳句「砕けても 砕けてもあり 水の月」の仏訳にインスピレーションを得た。

 俳句は日本語ばかりでなく、海外でもさまざまな言語に翻訳されるとともに、創作され続けている。外国語では、わずか5-7-5の17音節という音節数はともかく、俳句の簡潔さ、諧謔性、季節感の精神は守られているように思われる。バルトの言うように、俳句は言語以前に沿って書かれ、言語の意味をもたない。あるいは、物語の展開もなく、そこに見出されるのは言語の中断であり終焉だとも言えるだろう。聴秋の俳句は、つねに空に浮かぶ月はつねにそこにあり、砕けているのは水のゆらぎのなかに浮かぶ(こなごなになった)月(の破片)である。なんらかの理由による水の揺らぎはあっても、どちらも同時に、並列してひとつの映像として並べられている。そこには、たゆたっている時間はない。作曲家は、そこに永遠性と儚さ、あるいは動性と不動性という、これまでの他の曲におけるテーマと共通するふたつの側面を見出し、それらを対比させながら音楽を紡いだ。(音のつならりのなかに、時間が必要な音楽家にとって、それは有効な解決方法であろう。)冒頭32分音符の断片的な塊ではじまり、繰り返されたのちに高低差の少ないグリッサンドをともなった長音となり、ピッチカートの短い和音が挿入される。微妙にテンポを変化させながら、途中、おだやかな楽想の部分を挟みながら、この対比は繰り返され、最後はわずかな音を残しながら、ピッチカートの和音を奏でて全曲を閉じる。最後を除いて、全曲にわたって小節線はない。

 エディット・カナ=ドゥ=シズィは、この曲につづいて、ピアノのための『静寂のプレリュード』(2009)で夏目漱石の、ヴァイオリンとピアノのデュオ『5つのミニアチュア』(2013)では幸田露伴、千代尼、小西来山、渡辺水波の俳句から、短くて束の間で、最小限にとどめられた音楽へののインスピレーションを与えられている。

エディット・カナ=ドゥ=シズィ ビオグラフィ
2005年に芸術アカデミーのメンバーに選出された、1950年生まれのエディット・カナ=ドゥ=シズィは、フランス学士院入りした最初の女性作曲家である。ヴァイオリンを学んだのち、パリ・ソルボンヌ大学では芸術・考古学・哲学の学位をもっている。パリ高等音楽院で音楽を学び、和声学・フーガ・対位法・アナリゼ・オーケストレーション・作曲のクラスで一等賞を得ている。イヴォ・マレックに師事したのち、1983年にモーリス・オアナと出会い、師事した。
フランス政府・ノルウェー政府やラジオ・フランスなどから委嘱された作品は、さまざまな賞を受賞している。1997年には、メッツのアルスナルのレジデンス作曲家として迎えられている。ヴァイオリン協奏曲などのオーケストラ曲をはじめとし、声楽曲や室内楽曲など、これまでにおよそ60曲の作品がある。ヴァイオリンをはじめとする弦楽器のための室内楽曲ならびに合唱曲がとくに重要である。2005年にはパリ管弦楽団の委嘱によるヴィオラ協奏曲『陽光の輝き』が、アナ=ベラ・シャーヴの独奏、クリストフ・エッシェンバッハの指揮によって初演され、サセム批評家大賞を授与された。また、弦楽器のための作品を集めたCD『ムーヴィング』はシャルル・クロ・アカデミー賞をはじめとする数々の賞を受賞している。


edith album01
edith album02
◼︎2009年《エディット・カナ=ドゥ=シズィ コンセール・ポルトレ》アルバム

上田聴秋
1852(嘉永5年)-1932(昭和7年)
UEDA Chôshu
1852(Kaei 5)-1932(Shôwa 7)

01 上田聴秋

美濃国に大垣藩士として生まれる。幕末京都俳壇の重鎮八木芹舎(花本芹舎)の門に学び、江戸に出て慶應義塾に入学。
明治17年(1884年)、京都に帰郷し、「梅黄社」を設立。『鴨東集』(のち『俳諧鴨東集』『俳諧鴨東新誌』)を創刊。
明治32年(1899年)6月に雑誌「太陽」が催した「俳諧十二傑」の投票で、老鼠堂永機・正岡子規・三森幹雄・尾崎紅葉・角田竹冷・巌谷小波・雪中庵雀志・幸堂得知・内藤鳴雪・桂花園桂花と共に12傑入り。
門人に茶谷霞畝、竹内菊園句碑など。

02 短冊「砕けても砕けてもあり水の月」
◼︎短冊「砕けても砕けてもあり水の月」

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◼︎ガリマール社《HAIKU》表紙


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