音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
いちまんきろー03
20061210224034.jpg


そのコンセルヴァトワールが移転したヴィレット公園は、1980年
代前半に大規模な屠殺場跡地を敷地として国際コンペティションが
おこなわれ、東西南北の碁盤目状に一定の間隔で、狂気を意味する
フォリィと名付けられた赤いピマン色の小建築物(それらは一種の
ゲートをなす案内所だったり、トイレだったり、ほとんど建築物と
もよべないオブジェだったり、大きさ形状はさまざま)を配置し、
それらを渡り廊下のように波打った屋根が結んでいる、という提案
をした建築家の案が選ばれて、数年をかけて実現した。

公園の南端に位置するコンセルヴァトワールとその向かいのシテ・
ドゥ・ラ・ミュジークは対をなすように(形状がではない、為念)
配置されている。楽器博物館や音楽図書館、現代音楽センター、コ
ンサートホールそれにカフェなどで構成されるシテのほうは、展覧
会やコンサートなど多彩で変化にとんだ膨大な年間を通したプログ
ラミングで多くのひとびとをひきつけている。ガムランの部屋(た
ぶんジャワの)をはじめ、実際に楽器を演奏するコースも開放され、
とくに子供向けのプログラムが揃っていることはいうまでもない。

ここのコンサートホールは、かの地の作曲界の御大が創設した現代
曲専門のオーケストラ、アンサンブル・アンテルコンタンポランが、
サントル・ボブールから移ってきて、本拠地としている。指揮者と
しても名高いこの作曲家のコンサートは早めに予約したほうがいい
よといわれながらも、当日になって、それも曜日が間違っていたこ
とに気づいて、朝、あわてて予約をいれた。

それにもかかわらず、室内オーケストラという編成だったからなの
かどうか、ステージ上手側の天井桟敷の席まで辿り着くと、今日は
空いている席に座っていいからといわれて、2階正面の特等席に案
内してもらった。いつか、写真で見ていて想像していたより、ずっ
と親密な空間ではるかに音響もよかったことに驚いたことがあった
が、ホール内部だけでなく、このシテ全体を設計した建築家の空間
にも、あらためて感心していたのである。

同じ建築家のコンセルヴァトワールのほうにも、なるべく早く機会
を見つけて行ってみようと思う。かの地では、膨大な公的予算と助
成が組まれている教育機関が、学生たちだけに対してではなく、ご
く当たり前に、その活動を一般に公開している。

数年前に東京で初演された一曲目の新しいヴァージョンでの再演と、
最近ひっぱりだこの若い作曲家への委嘱作品(このようなオーケス
トラの存在によって、日常的に新しい作品が委嘱され、演奏される。
どのように選ばれているのかは、気になるところだが)の前半のあ
と、後半の指揮者自身の作品は、この作曲家のつねとして、1980
年代後半から作曲され、初演された後、今回もあらたに手を加えら
れて演奏された。もちろん、その具体的な変遷の経緯を、ここで説
明できるわけではないけれど。

ミストレスをはじめ、アルチストたちは、出だしからの困難なパッ
セージに忙しそうにもかかわらず、アンサンブルの縦線を合わせる
のに汲々としているこの地のプレイヤーたちとは異なって、むしろ
楽しみながら、とても旋律線ともよべない横線を、表情豊かにメロ
ディアスに見事に描いていた。(それが過剰にまでならないのは、
この指揮者・作曲家の特質なのだろう)

およそ40分にもわたる長大な流れのなかで、その忙しさが究極にた
っして終了したときに、わたしは、この曲を聴くために、今回、い
ちまんきろを移動してきたのかもしれない、とまで(そんな言説は
不要だろうけれど)思ってしまったのである。

コメント
この記事へのコメント
楽器博物館にて…
2月にシテ・ドゥ・ラ・ミュジークの楽器博物館に行きました。ヘッドフォンで楽器の音や解説を聴ける展示方法に感心しながら楽しんでいると、古楽器の一角にヴァイオリンを奏でる女の子がひとり。数人の若い女の子のグループがやってきて、演奏後に、奏法や楽曲についてひとしきり質問したあと、彼女たちはどこかのユース・オケのメンバーで、パリ公演のためにやってきたと話すと、演奏していた女の子はコンセルヴァトワールの学生で、時々ここで実演の仕事をしていること、もうすぐオーディションがあってその課題が現代曲なので、古楽器を弾いている場合じゃないのよね…などなど、若いプレイヤーらしい話に花を咲かせていました。そこへ、先生に引率された小学生の一団がやってきて、演奏者はすぐさま音楽教室モードに転じて曲を演奏し、さまざまな奏法を披露すると、子供たちは興味津々で、質問したり、楽器をよく見るために近づいてみたり。
文化というのはこういうふうに育つものなのでしょう。そして、子供は「子供だまし」にだまされたりしないものなのでしょう。
2006/12/17(日) 21:52:39 | URL | nobobon #lKQJqQWE[ 編集]
どこの美術館や博物館でもこどもたちがやってきて床に座って、メ
モをとりながら学芸員たちの話を聞いています。もちろん、ときど
き騒いだりして注意されたりしていますが、ほかの観客たちもほほ
えましそうにながめています。それでも、先日、サントル・ボブー
ルの『イヴ・クラン』展で、女性ヌードのインスタレーション(魚
拓からイメージしたそうです)のヴィデオの前の床に腰掛けて、小
学生低学年のグループが説明をきいていたのには、すこしおどろい
てしまいました。でも、誤解を招くと陳謝していた、年末のどこか
の公共放送と比べてどうでしょうか。こどもたちに対する芸術や文
化のありかたにまでおよぶ位相をかいま見たような気がしたのです
が…。
2007/01/07(日) 15:11:29 | URL | カルチエ #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。