音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
カルチエ・デテ2009曲目解説
ピアノのための『モビール・インモビール』(1998)
Mobile immbobile (1998) pour piano solo

 この作品は、さまざまな美しい曲集を出版しているパリのアンリ・ルモワンヌの「ピアノ20・21」(G・イバネス編集)第2巻にほかの7人の作曲家の作品とともにおさめられています。矛盾した二律背反性というより、『うごかない動き』が正確なタイトルの意味で、作曲家が関心をよせる「動き」がこの短い曲の内容をよくあらわしています。中間部にはげしい動きの部分をはさんで、前半と後半はゆっくりとした静かな曲想が印象的です。

ヴィオラとチェロのための『ワイルド』(2003)
WILD (2003) pour alto & violoncelle

 しばらく以前から英語でもドイツ語でも「Wild」(野性的な)というタイトルをつけた作品を書きたいと思っていました。ブーローニュのCNR(地方国立音楽院)からの委嘱がその機会をあたえてくれました。献呈されたミシェル・ミカラココスとグザヴィエ・ガニュパンが、内容を決定つけてくれました。チェロとヴィオラのためのデュオはかなりめずらしく、ヴィオラとチェロのクラスの生徒たちの演奏による実り多い協力から生み出されたのです。練習曲風な性格ともあいまって必然的に演奏時間は短くなっています。
 そのタイトルと対照するように、このデュオのエクリチュールは荒々しく、粗暴ですらあります。ふたつの楽器は同じ音階のなかで緊密に結びつきながら、似かよった音色の組み合わせによって、ディスクールの内面は、つねに息をつまらせるような緊張感に満ちています。ここでは、ほかのわたしの弦楽作品と同様、出だしのアタックとエクリチュールの流暢さが主要な要素となって、不動と爆発の時間帯が交互に出現します。 〈ECC〉

ヴァイオリンとヴィブラフォンのための『ダンス』(2006)
DANCE (2006) pour violon & vibraphone

ヴァイオリンとヴィブラフォンというふたつの楽器のデュオをずっと書きたいと思っていました。これらは完全にフュージョンできるぴったり同じ音域なのです。彫刻家アントン・ブルーデルにオマージュを捧げられたこの曲は、シャンゼリゼ劇場のファサード上部を飾るこの彫刻家のニジンスキーとダンカンが描かれているレリーフからイメージしているのです。ふたりのイメージがヴァイオリンとヴィブラフォンのふたつの楽器で表わされているのです。
作品は弦楽器であるヴァイオリンの弓とピッチカートの奏法に対して、マレット(バチ)とときに弓を用いて、使い分けた残響のながいヴィブラフォンの音響によって、ニジンスキーのアクロバット的な動きとダンカンの軽やかで優美な踊りが交差し、さまざまな音価の音符の共存と対立が作品の聴きどころとなっています。

弦楽三重奏曲第三番『ムーヴィング』(2001)
Trio à cordes n°3 MOVING (2001)

 タイトルは、動きに関した作品であることをしめしています。最近の作品では、絶え間ない動きをもった音楽の必要性にせまられているのです。楽想を展開させることによるよりも、突然変異によるプロセスの音楽であり、多面的で変化的であり、虹のようにとらえどころのない音楽です。
 わたしは必然性について話していますが、しかし、なぜこのようなエクリチュールにみちびかれたのかを知りすぎているわけではありません。むしろ、およそ生物学的には、ときどきの内面的欲求に回収された、エネルギー的力学によって説明できることはあきらかなのです。このような軌跡をしめす最近の作品として『シライユ(エネルギーの天使)『ハレル』(賛美)『歓喜』『ヴィヴェーレ(生きること)』『ムーヴィング』があげられます。
 ことがらは問題をつくりださずにいることではありません。損なうことなく、主要なひらめきにどのようにフォルムをあたえるのでしょうか。もし要因が同化されすぎたら、素材は不活性のままです。もし構造に踏み込むなら、作品は分解するでしょう。端的に言えば、分水点に立っていることが重要なのです。とくにシステムやフォルム、さらにはアディアによってすら、けっして音楽を閉じ込めることなく、さまざまな要素が呈示されるやいなや、そこに戻ってくるためにいちど逃げ出し、立ち去るのです。まずはなによりも予告もできず予想もできないところまで行き着くために逃げ出すのです。このようにして素材からはじまり、変遷の要求にしたがったフォルムが生み出されるのです。そして、そのファルムは、予期しない高揚によってカーブを描きながら、最大限に結びつく蔓植物のようにしなやかです。こうして分類の躊躇からまぬがれるという個人的な進展がおきるのです。
 「ムーヴィング」ということばは動きを意味すると同時に感動をも表わします。しかし、固有のイマジネーションを浸透させ、音響的論理に一直線に感動することには、べつの困難が生じます。「パトス」に陥ることなく感動すること。モーリス・オアナは「崇高さに気をつけなさい」といっていました。というのは、ある状況では、パトスは音楽に痕跡を残し、それを窒息させるのです。待ってもいないのに、ときどき追い越して出現する見出されるとても巧妙な錬金術がまたそこに存在するのです。それが恩恵というものなのでしょう。
〈ECC〉

ヴァイオリンのための『砕けてもあり、、、』
EN MILLE ECLATS pour violon seul

もっとも親しみを抱いている楽器であるヴァイオリンのためのこの作品は、日本のアンサンブル、カルチエミュジコから委嘱され、そのために見出した上田聴秋の俳句「砕けても 砕けてもあり  水の月」が創作のための道筋となっています。いうまでもなく「不変性とはかなさとの対照」が、この作品のテーマです。横浜での室内楽作品を集めたポートレートコンサートで初演される予定です。〈ECC〉

  «Fût-ce en mille éclats
   Elle est toujours là
   La lune dans l’eau!»
   こなごなになっても
   あいかわらずそこにある
   水のなかの月

ヴィオラとピアノのための『青と金の』(2005)
En bleu et or (2005) pour alto & piano
 この作品は、ヴィオラ協奏曲『陽光の輝き』におけるニコラ・ドゥ・スタールの絵画からはじまった絵画/音楽の関連についての思考の延長のなかで書かれました。タイトルはドゥビュッシィが賞賛したウィスラーの絵画シリーズ『ノクターン』のなかの『青と金のノクターン、サウザンプトン湾』からとられている。この絵画におけるドゥビュッシィへの暗示は明確であり、その音楽フォルムへの自由さの要因と呼応している。
 あるいは、わたしの作曲の道筋は、とくに動きの表現についての軸に結びついていますが、この曲では、この絵画が表現している、とくに解毒剤による矯正作用、不動で静寂な内面的平穏さのなかで、まずはじめに逃走的要素、ついで閃光的要素をもった再生する動きを内包した不動性をあつかいたいと考えたのです。動きにいたる不動性、不動性にいたる動きは、この作品の構造的鏡像となっています。〈ECC〉

クラリネット、ヴァイオリン、チェロとピアノのための『バーニング』(2007)
BURNING(2007) pour clarinette, violon, violoncelle & piano

 フランソワーズ・ティナに捧げられたこの作品は、オルレアン国際ピアノコンクールの主催者からの委嘱で書かれ、2008年3月4日にコンクールの本選会で初演されました。
 ちょうどこの年に生誕100周年となるオリヴィエ・メシアンの『世界の終わりのための四重奏』と同じ編成で作品を書くことになりましたが、この編成については、委嘱者ともと何度も検討を繰り返しました。メシアンの四重奏の全般的にうっとりとさせられる世界とはかけ離れてた、噴火したあらあらしい手法の世界を描いてます。ほかの楽器による音階とともに噴出する手法をもった重要な扱いをされたピアノのエクリチュールは、音階とともに噴出するそれ以外の楽器における手法とあいまった室内楽作品です。
 また、この作品は1939年に没したアイルランドの詩人、ウィリアム・バトラー・イェーツの世界、とくに『動揺』の数行の美しい英語の音韻にその源と根源をもっています。このミステリアスな詩では、アイルランド革命の悲劇がしみこんだ世界を通じた三つのテーマ、火と歌とよろこびをあつかっています。火は閃光であり、再生のための消尽です。歌は絶対性と現実世界のあいだある暗黙の了解です。至高のよろこびはダンスによる瞬間の熱狂と生の勝利であるそのリズムによって表現されています。こうして、この作品の三つの部分が、すべてが消え去るためのかん高いメロディと、それぞれの要素が段階的に排除されるにいたるすばやい揺らぎのオスティナートのパッセージを繰り返すのです。
     I Between extremities
     Man runs his course;
     A brand, or flaming breath.
     Comes to destroy
     All those antinomies
     Of day and night;
     人間は両極の間の
     己のコースを走る。
     燃えさしが、あるいは燃えるような息が
     あの夜と昼の
     すべての二律背反を
     滅ぼしにくる。
〈ECC〉
 

テーマ:現代音楽 - ジャンル:音楽

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