音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
ワキ的世界への旅
能楽を観たことのあるひとならば、どうせやるならワキより、シテ」
と思うだろう、と『ワキから見る能世界』(NHK出版生活人新書195)
の著者である能楽師の安田登もあとがきで書いている。それらの相
違は、たんなる配役によるもの、あるいは、ワキの経験を積んでか
ら、シテをやる、という程度にしか思われていないのだろう。しか
し、一度きめたら変えられない「役」として、20代なかば過ぎから
謡の稽古をはじめた著者は、分別をもってシテではなく、ワキを選
んだ。

その理由のひとつとして、ワキの代表的登場人物である、一所に定
住せず諸国を漂泊する旅の僧の存在に強く魅かれたからだと、それ
までの本人の旅において、日常生活では出会えないような遭遇が、
予期しなかった形で起こったことに触れる。

そして、ワキ(だけ)が、異界に紛れ込んで、思いを残してこの世を
去った亡霊であるシテに出会うことができるのはなぜか、というこ
とを著者は考えていく。不可視の存在であるシテを観客に分からせ、
この世でのシテの思いを晴らすのがワキの役目である。

かといって、ワキはどちらかというと、無力な存在であり、むしろ、
そのような役割を自覚していたのでは、それを果たせないのだとい
う。そのようななかで、芭蕉や漱石をはじめ、さまざまな人たちが、
ワキの旅をしていることに気づいたのである。

もちろん、そういった旅を誰しもができるわけではない。添乗員つ
き団体「ツアー」でも、忙しい日常生活から逃避する「トラヴェル」
でもだめなのだろう。目的地ではなく、そこへ到着するまでの過程
が大事なのだと著者も述べている。

旅先に何があるのかわかっているのなら、ましてや、いいものがあ
りますよという口車にのるのなら、わざわざ出かけてみることはな
い。そこにたどりつくまでに、何があるのかわからないから、わた
したちは、さまざまな日常のしがらみを断ち切って、自分自身の企
図でもって、あえて旅立つのであろう。

そのような旅において、能世界に見立てること、俳句を詠むこと、
そして読書することを著者はすすめている。そのためには十分な準
備が必要なのだろう。いうまでもなく、ここに書かれている「旅」
は「人生」に置き換えてもいいのだろう。ここでは、準備期間のな
い人生が、いかにして豊かな旅へと結びつくのか、についてのひと
つの方向が示されている。

MM

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ワキから見る能世界/安田登 著(NHK出版生活人新書195)




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