音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
プログラムノート マントヴァーニ・コンセールポルトレ
4つのアルメニアのメロディ
アルメニアには、楽器および声楽におけるゆたかな古典的レパートリーが存在している。また、伝統音楽がとてつもなく発展していて感動させられる。このフォークソングのための象徴が「ドゥドゥック」とよばれる楽器で、オーボエのような2枚リードの楽器で、しかし、むしろチェロにちかい音色に魅了される。息づかいをともなった音の変化は、微分音をへて、ひとつの音からべつの音へ移行する抑揚は、独自の音色的要素をもっている。さらに同時に、このドゥドゥックのための音楽は、リズミックであり、(オスチナート手法を基盤とするアルメニアのレパートリーとして)とてもリリックである。ARD[ドイツ公共放送連盟]のフルートコンクールのために書かれ、空間的な技法の駆使により、アルメニアの色彩を浮き上がるためには、このドゥドゥックを「退廃させる」ことが興味ぶかく思われた。さらにはこの国のレパートリーのなかに、なにがしかの音楽的アイディア(とくにアライック・バルチキアン*の名人芸的演奏に触発されて)を引き出せたのではないかと考えている。この4つのメロディは、アルメニア音楽を書き写したものではなく、たとえばその音楽言語は旋法ではなく、というのは、つきることのない豊かさをもった伝統的音楽の手法の、西洋的・現代的解釈だからである。
*ライック・バルチキアンのサイト(ドゥドゥックの音色が聴けます)
http://www.araik-bartikian.com/projets
▶▶楽譜PDF(一部)

ひとつの声の
これまでのヴァイオリンとチェロという20世紀の神話的編成による作品群には(ラヴェルのソナタをまず念頭においているが)無条件に傑作がならんでいる。しかしながら、この編成のために曲を書くことは、作曲家にとって休息状態ではなく、というのはこの組み合わせの純粋性が、音色の均質性と同様に響きあう楽器や裏打ちの不在など、あらゆる「メークアップ」を妨げているからである。この編成は、とくにハーモニーにおける明白さと禁欲さを余儀なくされ、楽譜の垂直的思考によってこのふたつの楽器を同じものとしてあつかうことに陥ってしまうのである。
うってつけなタイトルがしめしているとおり、この作品は、ふたつの楽器のための「ソロ」である。インド音楽にインスピレーションをえた低弦による進行をのぞいて、ここではホモリズムが支配している。一方がリリスムに依拠したり、断続的音域さらにはノイズのような部分では、もう一方が静的な骨組を形成する。この「ひとつの声(声部)」のための音楽は、けっしてとだえることなく、むしろ四分音が、このふたつの楽器連携によって推移するラインのとてもオリエンタリスム的コンセプトを形成し、装飾的に美しい場面をつくりあげている。




ユー・アー・コネクティッド
1999年10月に、ドイツ・エデンコーベンのレジデンスのさいに作曲された。パリ弦楽三重奏団のために政府からの委嘱となった。多様なソースのよる音楽手法をひきだしながら、弦楽器の「自明的で伝統的」ジェスチュアにもとづくアイディアからなるドラマチックな息づかい(弓の動きに適応したダイナミックさとヴァイオリンの高音部のリリックなメロディ…)、さらには電子音響的世界(進行にともなう加速と呼応した音楽的骨組の移調)から触発された部分が統合されている。「具体的ジェスチュア・絶対的手法」である器楽的弁証法は、このフォルムにリズムをつけている。ほとんど並列的な集積のプロセスへの帰着は、作品の最後の部分で、インターネットのネットワークのコネクション(これがタイトルの由来である)の旋法によって放出されるトリオのソノリテとして転写されている。この曲の絶頂点であり、また密度あるクレッシェンドのフォルムの一般的帰結点で、このコードは、曲の始まりから蓄積されつづけた強度の開放として出現する。さらに、ここで、この話法は「ザッピング」のロジックをもちだし、進行は対位法の段階的収縮にとどまることなく、むしろコントラストをもった音楽的性格の熱狂的重層にまでいたる。いずれにせよ、情報化の絶対的世界からの借用は、音響的素材の独自性をもった小節のなかに音楽的意味をもち、そのまま作品の結論へとつながる。
▶▶試聴(抜粋)







フリュ
この短い作品は献呈者であるアンヌ=セシル・キュニオの依頼で書かれた演劇的概念についてのエチュードである。わたしにとって馴れ親しんだ音楽的プロセス(並列的言説の突然の遮断、不安定なダイナミスム、溶解する音階)を凝縮して、『フリュ』は、高音における息切れして粗暴な音、オリエンタリスム風微分音に性格づけされたさまざまに異なった音楽的登場人物を演じ、とくにその対照がときとして衝突の危機をはらみながら作品がはじまる。対照的なエピソードの重層を演じながら、しかし、私の作品ではめずらしく並列的な変換プロセスにおいて、この作品のフォルムは、識別できるレパートリーへの参照項をめぐる分節化をともなっている。中近東、フランス音楽、また1960年代のセリー作品をめぐり、さらにはアジアへと、私の近作における卓越した位置をしめるフルート音楽世界への旅を明確化している。



ハッピー・アワーズ
「ハッピー・アワーズ」は、フランスでもバーなどでの割引タイムを意味する英語起源同様に用いられている。<レ・シ>のトレモロのフォルティティシモの強奏ではじまったあと、同じ小節の最後の拍から、途中、トレモロになったり、べつの音も加わたりしながら、13小節目の最初の音にまでにわたり、この2音を軸とした32分音符の和音のきざみがつづく。4分の5で開始された拍子は4分の3、4分の4にめまぐるしく変化し、さらには8分の1や16分の3の字余りのような拍が追加されるという複雑な変拍子で構成されている。小節線をどのようにまたぐかは、これほどまでの変拍子によって強調されざるをえない。さらには、拍とはべつの進捗のなかで10音ごとにアクセントがつき、その間隔も小節がすすむにつれ、漸次的に小さくなり最後は2音ごとに頻繁になる。
4分音符=80ではじまったテンポも途中、アッチェランドやラルラメントとアテンポが挿入されるが、それほど大きな変化はない。一方、ダイナミックスは、同じ小節のなかでも、フォルティッティティシモからピアニシシシモが、デクリシェンドとクリシェンドが繰り返される。その後、小さな跳躍につづくトレモロの小節が挟まった後、スラーによる音階的な6連音符の半音階で移行する部分にはいる。やがてはげしい変拍子とダイナミックスの変化が出現する。その後も、これらの和音の刻みの部分と(微分音もはいった)音階的な部分と小さな跳躍の部分の3要素が繰り返し登場して、160節のハッピーアワーは終了する。ハッピーだったのは、奏者なのか、聴衆なのか。〈MM〉
▶▶楽譜PDF(一部)

ハッピィ・B.
2005年のカーネギーホールでのコンサートの機会に、ニューヨークのアンサンブル・ソスペーソ[Ensemble Sospeso]は数人の作曲家に、ピエール・ブーレーズの80歳の誕生日を祝う短い室内楽曲を依頼した。現代における指揮者・イルカム創始者として(しばしば協力する機会に恵まれたが)また作曲家さらに一般的には作品や著作をつうじて知られている人物へのお祝いという重要任務の遂行だったのである。
わたしがインスピレーションをあたえられたのは、ブーレーズの音楽ではなく、むしろ、どちらかというと「ハッピー・バースデー・トゥ・ユー」の歌であり、このメロディは、作品のはじまりとおわりに、かなり聴き取れないほどの音域に変化して引用されている。このふたつのシークエンスのあいだにある音楽言説は一定して流暢で、ブーレーズの『フルート・ソナチネ』(1946)と『エクスプロザント・フィックス』を想起させるフルート風ヴィルチュオーゾがあらわれる。作品の前半における継続的アイディアが漸次的に崩壊する並行的進行であれ、動機づけされた展開のロジックであれ、たえまない動きをもちづづけながら、この言説は固定されることはけっしてない。ハッピィ・B.は熱狂的作品であり、なによりもブーレーズ式エネルギーを祝福するものである。
▶▶楽譜PDF(一部)
▶▶試聴(抜粋)






ハッピーアワーズ以外はブリュノ・マントヴァーニによる
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック