音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
クセナキス×デュサパン XENAKIS×DUSAPIN

■数学・音楽・天文学・考古学の勉強をしていたクセナキスは、第二次世界大戦中のレジスタンス運動でギリシャの内戦に巻き込まれて祖国を追われた。戦後パリで、ル・コルビュジエのアトリエに職を得て、構造計画を担当する。建築と音楽の関係性に興味を持ち出したのもこの頃で、コンセルヴァトワールのメシアンの教室に籍を置いた。

■アトリエでは、マルセイユのユニテやラ・トゥーレットの修道院の計画に携わったが、クセナキスのアイディアがもっとも反映されたのは、自作のオーケストラ曲『メタスタシス』から想を得た、9つの双曲線の放物線クラスターで構成された1958年のブリュッセル万国博のフィリップス館である。そこで展示・投影されたエドガー・ヴァレーズの『ポエム・エレクトロニーク』に影響を受けて、67年のモントリオール万国博で光と音とワイヤーからなる『ポリトープ』に取り組む。70年代には、レーザー光線を使ってパリでも再現され、おおくの観客を引きつけた。

■クセナキスは作曲するときには、グラフィックカルなエスキスを書き起こすことからはじめていた。「樹枝状」のフォルムをもったエスキスは、1979年に完成したコンピューターで「作曲するための機械」UPICのプログラムによって即座に音に置き換える(クセナキスの大部分の音楽は計算から生まれたものではないとデュサパンは証言している)ことが可能となった。ピアノ独奏曲『エヴリアリ』は、この機械によって作曲されたはじめての作品のひとつである。これらの自由さと即時性は、すぐにセンセーションをもたらした。

■ヴァレーズの音楽に衝撃をうけたデュサパンが、パリ大学第一でクセナキスの授業に出席したのは、70年代前半で、クセナキスの微分音とグリッサンドから影響を受けながらも、声楽曲とともに、器楽曲でも、詩的な音韻律にもとづくイントネーションをもった、独自のメロディラインを生みだした。これらのソロ作品は〈i〉ではじまるタイトルをもっている。『トリオロンバック』は、曖昧さからくる微分音を多用していたデュサパンにとって、はじめて書いたピアノの作品である。ミテロ(東)ヨーロッパのフォークロアの音楽を聴くことができる。

■のちになって、クセナキスは「デュサパンが独自性をもっているので気に入っている」と語っている。一方、デュサパンは「重要なのはフォルムである。表現はあとからやってくる」というクセナキスのことばを紹介しながらも、「クセナキスのクローンになることなく表現の自由を与えられ感謝している」と発言している。
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