音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
ひとつのヨーロッパ
ヨーロッパという国があると思っていたのは、子どもだった私の無知のな
せるわざだが、EU(ヨーロッパ連合) が実現した時、いわくいいがたい感
銘を受け、その〈ひとつのヨーロッパ〉はアメリカに対抗する新奇な手段
でなく、古い顔と知恵を持つと思われた。その漠然としたヨーロッパ的な
るものを、カトリック神学の深い知識を持つ犬養道子が、その地に暮らし
て26年目(奇しくも1989年東欧の転換点)に記した『ヨーロッパの心』
(岩波新書153)
は、つまびらかにしてくれる。

一見相容れない国々をルーズにまとめる〈ヨーロッパ〉、その名はセム語
のエレブ(=暗い、日没)、ギリシャ語のエウ・ロペ(=南北に狭く東西に
広い)に由来し、大陸の中ほどアルプス山脈の南の明るいほうから来たロ
ーマ人が驚いて<暗いところ>と呼んだのだという。ユデオ・クリスチャニ
ズムと切り離せないその歴史も、北アフリカからブリテンまで国境なき領
土としたローマ帝国あればこそ、使徒たちは辺境からローマへ、またロー
マへの道を逆に辿って伝道に赴いたし、それは例えばゲルマンのゲマイン
デ(共同体)的生き方と融和し、あるいは争い好きのゴール人に連帯の精
神を植え付けた、と、地勢と歴史と人が織りなすものを著者は読み解く。
国境なき大ヨーロッパはとうの昔、二千年前に(また神聖ローマ帝国の中
世までに)存在しており、目新しいのはナショナリズム熱に浮かされて帝
国拡張競争に血眼になった近代ヨーロッパのほうであり、明治の日本が真
似たのはその最も<らしからぬ>ヨーロッパであったと指摘する。

もちろん、各地各人の個性はあきらかにある。例えばイギリス、フェアネ
スを至上として、敵ならぬ<相手>とともにプレイする数々の球技を生んだ
事実に、議会政治の端緒が見える。フランスの367種ものチーズには地方
・個人のヴァラエティが、そしてその百家争鳴の理屈好きの民なればこそ、
理性のたいまつの輝きに導かれかの革命が結実したことが見える。同様に
大国小国のいろとりどりの個性が書き連ねられ、また登山列車で偶然出会
った、68年プラハの春の折に亡命したチェコ女性との対話が差しはさまれ
もする。それらさまざまな生活を統べるキリスト教典礼暦のリズムも紹介
しつつ、〈さまざま〉が〈ひとつのヨーロッパ〉となりうること、すなわ
ちユニティに基づくプルラリズム(多様性)の可能性を著者は示唆する。

〈さまざまでひとつ〉の深さ心地よさ抜き差しならささに、他者として出
会った著者の洞察は、<ひとつ>を疑わぬここに暮らす私たちに、別の〈ひ
とつ〉のありかたの可能性を教えてくれるだろう。

NN

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ヨーロッパの心/犬養道子 著(岩波新書153)




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