音楽をもっと身近なものにするために、ヴァイオリンを中心にさまざまな楽器編成で、演奏機会の少ない現代・近代の作品を取り上げて、室内楽コンサートを行っています。初めて聴く音楽に耳を澄ます楽しみを味わってください。
自然とネイチュア
ネイチュア・ライティングは、「自然に関するノンフィクション形式のエ
ッセイ」が大きな特徴であり、そこには自然科学に関する正確な知識とと
もに、自然との呼応といった主観的な文学性も必要とされている、と『自
然を感じるこころ』(ちくまプリマー新書065)
の著者野田研一は述べてい
る。これまでの文学作品には、社会的な人間関係の世界が中心となり、そ
のなかに自然や風景描写が描かれていることもあるが、一般的にはそれら
は読者にとっても重要視されていないという。その一方、しかし、18世紀
後半以降になって、絵画において風景画が描かれはじめたように、わたし
たちの現実の日常のなかでも、自然という「違う」世界を見るようになっ
たと指摘している。

梶井基次郎の『城のある町にて』の主人公は、毎日のように町はずれの高
台に上がって、パノラマ風の眺めに、安らぎを覚えることを紹介しながら、
なぜ、近代人は風景に魅了されるのか、について考察している。また石牟
礼道子の自伝的作品『椿の海の記』では、主人公の幼い少女がきつねに化
身するさまを描くために、その過程での自然の風物の描写について、詳し
く解説されている。

風景のみならず、動物との出遇いについて書かれた作品も紹介されている
。米国のアニー・ディラートの短編『イタチの生き方』では、イタチと出
遭って、目を合わせた「魔法の瞬間」が、人間と野生動物の根源的な違い
を表現していることに触れている。また。ロバート・フィンチの『鯨のよ
うに」では、海辺に打ち上げられた巨大なシロナガスクジラを見るために
ひとびとが集まったことを、作者はその数週間後に静けさを取り戻した場
所に佇みながら、「他者との遭遇」を求めたのだと述べていることについ
て考察している。

最近の加藤幸子『池辺の棲家』は、都会のなかの池辺におとづれる31種類
もの野鳥たちの名前を列挙しながら、老境にさしかっかったバードウオッ
チャーである女性主人公が、鷺の死骸を埋めた土の上に横たわりながら、
人間が自然の一部として生き、自然のなかで死ぬ存在としてみずからをと
らえた場面を描写した作品である。

こうしてみてくると、もしあらゆる対象を題材として文字で書かれたテク
ストを文学とするなら、文学のこの新しいとされるジャンルが、ノンフィ
クションであることも、フィクションであることも、あまり重要でないと
思いはじめてしまう。

MM

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自然を感じるこころ/野田研一 著(ちくまプリマー新書065)



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